仲直り研究者を訪ねて(後半)

人間やさまざまな動物に見られる仲直りについて,進化ゲーム理論,動物行動学,心理学の研究を駆使して,進化心理学の観点から読み解いた『仲直りの理』を上梓した大坪庸介准教授が,動物行動学や幼児の仲直り研究で用いられるPC-MC比較法の面白さや大変さについて,4人の研究者から話を伺いました。前半ではニホンザルとハンドウイルカの仲直り研究の舞台裏を紹介しましたが,後半ではセキセイインコの仲直り研究と,動物行動学の手法をヒトの幼児の仲直り研究に応用した研究の舞台裏について紹介します。(編集部)

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大坪庸介(おおつぼ・ようすけ):東京大学大学院人文社会系研究科准教授。『仲直りの理――進化心理学から見た機能とメカニズム』(ちとせプレス,2021年)を刊行。

この文章は,社会心理学者である筆者が上梓した本(『仲直りの理(ことわり)』ちとせプレス)の執筆後記とでもいったものです。本の中で,動物行動学の手法(動物の仲直り研究法であるPC-MC比較法)を用いた研究を紹介していますが,じつは自分でそういった研究をしたことがありません。幸いなことに,紹介している研究の中には日本人研究者により実施されたものがあります。というわけで,実際にPC-MC比較法を使って研究された先生方に,研究の裏話をうかがってこの文章を書いています。前半ではニホンザルとハンドウイルカの仲直り研究の舞台裏について書きました。後半では,セキセイインコの仲直り研究と,動物行動学の手法をヒトの幼児の仲直り研究に応用した研究の舞台裏について紹介します。

セキセイインコの仲直り研究の舞台裏

セキセイインコの仲直り研究をされた一方井先生は,10羽のインコを8時間(1回1時間を8回)撮影し,それを何度も再生してケンカとその後の仲直りがあるのか,それともないのか記録をとられたそうです(1)。10羽のインコは実験室に設けられたスペースで飼われていて,そのスペースの四隅にビデオカメラを設置して1日1時間撮影されました。それを8回行うので合計8時間です。翌年,また別の10羽のインコを同じように8時間撮影されたそうです。論文にはこんなふうに書いてあって,それだけ読むと「あわせて16時間か,そんなものかな」とサラッと読み流しそうになってしまいます。厳しい読者であれば,むしろ「たった16時間か!」と思うかもしれません。

ですが,そう思うとしたら,4カ所に設置したビデオを同時に再生しながら10羽の様子を一度にまとめてチェックすればいいんだと考えているからでしょう。実際,前半で紹介したイルカの場合は,水槽の中に複数の個体がいても一度にまとめてチェックできていました。というのは,2頭のイルカがケンカすると,2頭がプールの中を縦横無尽に泳ぎ回り,激しく泡立つだけでなく,ブーブーと威嚇の声を出しているのも聞こえるということで見逃しようがないのです。ところが,インコくらいの大きさの鳥が10羽もいたら(そして彼らが飼育スペースの中を好き勝手に飛んで移動するとしたら),すべてを同時にチェックするなんて無理だということがすぐにわかります。ケンカといっても,イルカのケンカのようにわかりやすくはないのです。一方が口を開けて威嚇して,威嚇された方が逃げるといったもので,イルカのケンカと比べたら静かなものです。ビデオに映ったインコは10羽もいるので,他の個体を見ていたら簡単に見逃してしまうでしょう。

図 4カ所に設置したビデオでセキセイインコの様子を観察する。写真提供:一方井祐子先生

結局,一方井先生は1回の再生で1羽に注目することにして,その1羽が何をするかを,時にコマ送りやズームも駆使しながらチェックすることになりました。つまり,10羽のインコが映った1時間のビデオをチェックするためには最低でも10時間かかることになります。8時間分あれば最低でも80時間。そして,それを2年続けて行うので,ビデオのチェックにかかる時間は最低でも160時間です。コマ送りにしたりズームにして何をしているかを詳細に観察するわけですから,当然160時間ではぜんぜん足りないはずです。そういうわけで,延々とケンカを待つというこれまでのお二人とは違い,一方井先生の研究は,どんどん増えていくビデオを延々見続けるという別の意味での忍耐力が必要なものでした。

沓掛先生のニホンザルの研究が個体識別から始まったように,一方井先生の研究も,実際には観察を始める前から始まっていました。「やはり個体識別か」と思われたかもしれませんが,家禽化されたセキセイインコは1羽ずつ模様が違っていて個体識別は意外と簡単なようです(そもそもビデオ再生も1羽ずつ個別に行っています)。それより大事なことは,インコの行動パターンを知ることだそうです。一方井先生は,じつはチンパンジーの研究がしたくて動物心理学の研究室を選んだそうです。ところが,「チンパンジーもいいけれど,まずは研究室で飼っているインコの世話もしてみよう」と言われて世話をしているうちに,いつの間にかインコに関心をもって研究するようになっていたということです。そんな経緯ですから,そもそもインコを見慣れていたわけではありません。というわけで,まずはインコの典型的な行動(専門用語ではエソグラムといいます)に習熟していくところからスタートしたそうです。

これがどういうことか,スポーツ観戦を例に考えてみます。今年の夏のオリンピックではスケートボードで10代の日本人選手が大活躍をしましたが,みなさんはテレビを観ていて技の違いや選手の優劣の違いがどれくらいわかったでしょうか。私もテレビで観たりしましたが,正直,どの選手の技にも「すごいなぁ。よくあんなふうに跳んだりできるものだなぁ」と思うばかりで,名解説者のコメントなしではどれがすごい技なのか,さっきの技といまの技はどういうふうに違っているのかきちんと理解できていた気がしません。さて,こんな私がスケートボード選手の試合の様子を観察するのと,話題になった名解説者が観察するのでは,そこから得られる情報量がけた違いであることは容易に想像できます。私の観察記録には,トリックの成功回数と失敗回数が記載されるのが関の山でしょう。一方,名解説者の観察記録にはそれぞれの選手がどの技を何回成功させ,どの技で何回失敗したか,それが「ゴン攻め」だったか等々,私にはさっぱりわからない情報が満載のはずです。同じことは動物を研究対象とされている先生たちにもいえます。ただ見ていればその情報が得られるわけではなく,見る訓練が必要なのです。その訓練を経て,160時間以上のビデオの再生ですから,少し気の遠くなる研究です。

さて,インコの仲直り論文を読んだとき,少し気になっていたことがありました。それは,10羽のグループのうち8羽はつがいなのですが,single(ヒトであれば独身)と書かれた個体が2羽(オス,メスそれぞれ1羽)いるのです。これは最初のグループでも後のグループでも同じです。たまたまかもしれませんが,2羽残ってつがいにならずにいるオスとメスは何をしているのだろうかと気になっていました。というわけで,一方井先生にうかがったところ,一方井先生にもなぜ彼らがつがいにならないのかはわからないそうです。ですが,これも偶然かもしれませんが,つがいになっていないオスはどちらの場合も社交的で,他のつがいになっているペア(メスだけでなくオスにも)に頻繁にちょっかいを出しに行くのだそうです。そうして,邪険に扱われて飛び去るのだそうです。邪険に扱われるというのは,クチバシを開けて威嚇されたりつつかれたりするということで,この研究で定義されたケンカにあたります。そして,そのまま飛んで逃げるので仲直りも起こらないケースにカウントされます。このつがいにならないオスとメス,とくにオスは仲直りのないケンカのデータ数を増やしているわけですが,それ以上に彼らはなぜつがいにならないのかが気になります。メスがあぶれたオスを気に入らないのか,社交的に見えるオスは気が多すぎてつがいになれないのか,論文を読んで気になっていたことが,研究者にも疑問だったとわかって,気にはなるけれど少しだけスッキリしました。今回のデータでは2例だけなのできちんとした研究としてまとめることはできないのだと思いますが,つがいにならない個体,社交的なオスの運命等,いろいろと明らかになると面白そうです。

そして,もう一つ気になっていたことは,イルカの場合と同じく,そもそもつがいはなぜケンカするのかということです。別にその後に離婚するわけでもなく,仲良くしておけばよいのにとも思います。そのことを尋ねてみると,一方井先生も同じように疑問に思われていたそうです。傍から見ていると,「なんか虫の居所が悪く」相手を攻撃したように見えるのだそうです。これもイルカの場合と似てるんだなぁと思いつつ,よく考えてみれば人間の夫婦ゲンカにも同じようなことはあるかもしれません。掃除機をかけるからちょっと場所を移ってと言われて,サッと移ればいいのに「疲れてるのにぜんぜん気をつかってくれない」とか憎まれ口をたたき,それで口論になったりするかもしれません。原因がなんであっても,しなくてもよいケンカをちょくちょくするというのは仲直りが進化しやすい条件でもあるので(本編の第3章でエラーの効果として扱っています),観察していても理由がわからないという話はとても興味深くうかがいました。

ヒトの幼児の仲直り研究の舞台裏

ヒトの幼児の仲直り研究は東京の保育所で実施されました(2)。もしかしたら自分の子どもが小さいときに保育所にお世話になったという方もいらっしゃるでしょう。保育所ではなく幼稚園に通わせたという場合も,小さい子どもたちが集まっているというのがどんな雰囲気かなんとなくわかるでしょう。自分で子育てをしたことはなくても,自分自身の小さい頃の記憶をたどってみることもできますし,「はじめてのおつかい」のようなテレビ番組で小さい子を見る機会もあるでしょうから,ヒトの幼児の研究は最も身近ともいえるかもしれません。ですが,幼児は身近に感じられるとしても,彼らの仲直りを研究として記録しようとすると,そこには論文だけからはうかがい知ることができない苦労があるはずです。

幼児の仲直りをPC-MC比較法を使って研究された藤澤先生は,学生の頃,この研究に取り組まれました。というわけで,20年くらい前の研究でいまは動物行動学の手法を利用する研究はしていないのだけどとおっしゃったのですが,他の研究との違いも知りたいのでぜひにとお願いしてお話を聞かせていただきました(ちなみに,藤澤先生は現在でも保育所や幼稚園をフィールドとされていますが,幼児教育の質という当時とはまったく違うテーマで研究されています)。筆者としては,無理にお願いしてお話を聞かせていただいてよかったと思っています。というのは,藤澤先生からは,他の先生からは聞くことがなかった苦労エピソードを聞かせてもらえたからです。とくに「目から鱗」だと思ったのは,MCのデータがとれなかったというものです。たとえば,サルであればサルがなかなかケンカをしないというのはPCの観察ができないということです。そもそもケンカをなかなかしない種でPC-MC比較法研究の実施が難しいというのはよくわかりますが,MCのデータがとれないというのはどういうことでしょうか? MCはケンカをした日以降,適当なタイミングでケンカがあったのと同じような条件・時間でケンカをしていないところを観察するだけです。とにかく,観察したい子を見つけて10分間見ていればよいということではないのかなと考えると,MCのデータがとれない理由がよくわかりません。

藤澤先生の論文を読むと,MCの観察はケンカの後の5日以内に次の4つの基準が満たされたときに実施されています。①ケンカがあった時刻の前後15分以内。たとえば,ケンカが10時に起こっていたら,MCの観察は9時45分から10時15分の間に行ったということです。②観察しようとしている子どもがMC観察を始める10分以内にケンカをしていない。③PC観察のときにケンカをした2人の子どもが10 m以上離れている。④ケンカが起こったときと同じ場所にいる。運動場でケンカが起こったのであればMCでも運動場にいる,教室の中でケンカが起こったのであればMCでも教室の中にいるということです。こうしてあらためて並べてみると,④はヒトの幼児に特有の事情かもしれません。たとえば,②についてはイルカの場合にもあるようで,MCを観察しようとしているとそのタイミングでケンカが起こってしまって,プール全体が大騒ぎになるのでMCどころではなくなったこともあるそうです。ですが,④の運動場にいるか教室にいるかみたいなことは他の3つの研究では起こらない問題です。

ですが,藤澤先生に話をうかがうと,ここに書かれている以上に実際の制約は多かったようです。それは,対象としている子どもたちが「お休み」していて,保育所に来ていないことがあるということです! たしかに言われてみれば,これは他の3つの研究にはない大問題です。餌付けされたニホンザルは毎日そこに来ているし,飼育されているイルカやインコがそこにいないなんてことはありません。ですが,保育所で研究をしていたら子どもたちはいろんな理由で欠席するでしょう。大雪の日になんとか保育所にたどり着いて,「さあ,観察するぞ」と思ったら,お目当ての子はお休みだったということもあるそうです。そういわれてみれば,たしかにケンカを観察したから次はMCだと思っていた矢先に台風が来ても,MCの観察は飛んでしまうかもしれません。また,教室でのケンカを観察した後,今日はお外で遊びましょうという日が続くと,MCの観察ができないままになってしまいます。こうして,MCの観察ができなかったので泣く泣くデータから切り捨てられたPCの観察がけっこうあるそうです。たしかに論文にもそう書いてあるのですが,こういう事情を知らないと,研究者の用事で観察に行かなかったと思ってしまうかもしれません。でも,ぜんぜんそうではないのです。実際,藤澤先生は,この研究を実施していた学生の頃,大学への定期券はもっていなくて保育所に行く定期券をもって毎日通っていたそうです!

さて,藤澤先生の研究ではニホンザルの研究と同じようにストレス反応もとられています。幼児のストレス反応は先行研究に基づいて顔を触る,頭を触る,服を触る等が設定されています。その中には指しゃぶり等も含まれますが,ある程度の年齢になって指しゃぶりをする子はほとんどいなくて,多くは服を触っているというものだったそうです。これはやっぱり身近な経験からも,なんとなくわかります。たとえば,他の子から叩かれたり,きつい言葉をかけられた子が服の裾をいじっていたり,あるいは他の子を泣かせてしまった子も「しまった」という感じでもじもじ服の裾をいじっているかもしれません。この状態を藤澤先生は「遊びに戻れない」と表現されました。たしかに自分の子どもたちが小さい頃のことを思い出しても,小さい子は「子どもは遊ぶのが仕事」といった表現は正しいなと思うくらい,昼寝をしていないときには動き回っていた気がします。動き回っていなければお絵描きをしたりパズルをしたりしていました。そんなときに自分を触ったり,服の裾をいじったりしているはずがありません。ケンカをして「しまった」という状態になると,遊びに戻れず,気まずい状況の中,あいた手で何か触ってしまうというのはよくわかります。

幼児に限らず,私たち大人であっても,誰かとケンカした後には本当は他にやりたいことがあったとしても,すぐに「気分を切り替えて」というわけにはいかないでしょう。職場で同僚とケンカをしたり,何かミスをして上司を怒らせた後は,なかなか仕事に集中できないでしょう。家で夫婦ゲンカをした後には,いつも観ているドラマにも集中できないかもしれません。ケンカした後の子どもたちの様子を「遊びに戻れない」と表現していただいたおかげで,仲直りというのは,そんな状態をもとに戻すためのスイッチみたいなものなのだとあらためて認識することができました。

まとめ

お話をうかがってみると,偶然もあるかもしれませんが,4人の先生全員が,学生時代に仲直り研究をされていました。他の研究と違って,PC-MC比較法というのは,ケンカが起こるのをとにかく辛抱強く待つということがどうしても必要な研究方法です。言い換えれば,研究者が何か実験的な介入をして反応を見るという研究者主導の方法と違って,PC-MC比較法は相手次第ということです。もしケンカをしない日があればデータ収集としては「手ぶら」で終わることになります。こういった気の長い研究をしようと思うと,学生時代でないと時間のやりくりが難しいということがあるかもしれません。ですが,学生時代で比較的時間があったとしても,4人の先生全員がものすごい時間と労力をPC-MC比較法研究に費やしていたということにあらためて感銘を受けました。

PC-MC比較法の非効率性にもかかわらず,日本でニホンザル,ハンドウイルカ,セキセイインコ,ヒトの幼児のPC-MC比較法研究が行われていたというのは私にとってはとてもラッキーでした。ニホンザルの研究のお話だけしか聞けないと,PC-MC比較法ってとにかくケンカが起こるのを待つのが大変なんだという印象をもったでしょうし,インコだけだとビデオを見続けて神経をすり減らすものだという印象をもったでしょう。そういった研究方法の違いだけでなく,イルカやインコでなぜケンカが起こったのかわからないという状況が頻繁にあったというのは興味深いことです。あるいは沓掛先生からは霊長類でも理由が明確でないランダムな攻撃が起こるというお話を聞かせていただきました。やっぱりサルでも「なんでケンカしているの?」ということがあるのです。その一方,ヒトの幼児を研究対象とされていた藤澤先生は,子どもたちがケンカするときには予兆があって,そろそろケンカしそうだとわかるとおっしゃっていました。もし私たちがもっともっとイルカやインコになじみが出てくると,彼らのケンカの予兆もわかったりするのかもしれません。そうなると,いまよりももっと彼らのケンカと仲直りの理(ことわり)が深く理解できるようになるのかもしれません。

このように,同じ研究方法でニホンザル,ハンドウイルカ,セキセイインコ,ヒトの幼児を対象に研究をされた4人の先生方からお話を聞けたことで,ただ論文を読んでいてはわからない研究の舞台裏がわかっただけでなく,共通点や相違点についていろいろと考えるきっかけにもなりました。あらためて4人の先生方には貴重なお話を聞かせていただいたことにお礼を申し上げます。そして,研究の実施お疲れさまでした!

文献・注

(1) Ikkatai, Y., Watanabe, S., & Izawa, E. (2016). Reconciliation and third-party affiliation in pair-bond budgerigars (Melopsittacus undulatus). Behaviour, 153(9-11), 1173-1193.

(2) Fujisawa, K. K., Kutsukake, N., & Hasegawa, T. (2005). Reconciliation pattern after aggression among Japanese preschool children. Aggressive Behavior, 31(2), 138-152.

9784908736209

大坪庸介 著
ちとせプレス(2021/10/10)

ケンカや誤解から生じるいざこざを解決する「仲直り」は,ヒト以外のさまざまな動物にも見られる興味深い現象です。赦しと謝罪の2つの側面をもつ仲直りの機能とメカニズムを,進化生物学のモデル研究,動物行動の研究,心理学の研究を駆使し,進化心理学の視点から読み解きます。


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