ストレスへ対処する力,SOCをより効果的に測定するためには

『パーソナリティ研究』内容紹介

「自分の生きている世界は首尾一貫している」という感覚を指すSense of Coherence(SOC:首尾一貫感覚)は,ストレスに関連する臨床や研究において重要視されています。9項目の質問からなるSOCを測定する尺度の短縮版(SOC-L9)の日本における有効性が検討されました。(編集部)

嘉瀬貴祥(かせ・たかよし):立教大学現代心理学部心理学科助教

ストレス対処力SOCとは

Sense of Coherence(SOC:首尾一貫感覚)は医療社会学者のAntonovskyによって提唱された,ストレスへの対処に関わる心理社会的な概念です。SOCを具体的に説明すると,「自分の生きている世界は首尾一貫している」という感覚であり,これから自分の身に起ころうとしている出来事を①予測できる(予測可能感),②対処できる(処理可能感),③意味や価値がある(有意味感)とどの程度確信をもって捉えることができるかどうかに,その高さが表れます。このような感覚を高くもっている人は,強いストレスを生起させる可能性のある要因(ストレッサー)に対峙したときでも,どのように対処すればよいかあらかじめ把握することができ,かつそのストレッサーへの対処に意味や価値を見出すことができるため,柔軟かつ積極的にストレス対処ができるとされています。

さらにSOCの高い人の特徴として,自分が有しているストレスへの対処に役立つ心理社会的要因(たとえば,知識や人的資源など)を指すGeneral Resistance Resources(GRRs:汎抵抗資源)をよく把握しており,実際に対処するときにはこれを上手に運用できることが挙げられています。SOCの高低は疾病率や健康行動など心身の健康に関わるさまざまな指標と関連をもつことが確認されており,個人のSOCの状況を把握するために測定することは臨床や研究の場面において重要視されています。

SOCの高さを測定する方法

SOCを測定するためのツール(心理尺度)として,概念の提唱者であるAntnovskyは29項目の質問からなるOrientation to Life Questionnaire(人生の志向性に関する質問票)を開発しました。29項目の質問に対して1から7の選択肢のいずれかで回答する形式で,全体の数値の合計などがSOCの高さを表す指標として用いられます。この質問票はさまざまな言語に翻訳され,臨床や研究におけるSOCの測定に用いられてきました。使用にあたって,29項目の質問にはかなり複雑で難しい意味内容のものが含まれることや,そもそも29項目という項目数が少し多いということから,さらに簡便にSOCを測定する方法が考えられるようになりました。29項目のアンケートというとそれほど多くはないのではと感じる方もいらっしゃるかもしれませんが,SOC以外のさまざまな質問を行わなければいけない問診の場面や,複数の概念の関連性を研究するために多くの心理尺度を組み合わせる必要のあるアンケート調査の場面では,回答者の負担軽減や正確な回答取得のためにも,可能な限り少数の質問で測定を行えることが望ましい場合もあるのです。SOCの場合には,オリジナルの29項目からいくつかの項目を抜粋する,いわゆる短縮版の開発が試みられました。とくにAntnovskyが開発した13項目の短縮版は,多くの研究で使用されるようになりました。

そのようななか,Schumacherらの研究グループは9項目からなるLeipzig Short Scale of SOC(ライプツィヒ短縮版SOC尺度;SOC-L9)を開発しました。オリジナルに含まれる29項目のなかから,SOCの特徴をよく表していると考えられる9項目を選定した結果,もともとの質問票の特徴をうまく捉えた短縮版が開発されました。これはドイツで行われた研究でしたので,Linらの研究グループはアメリカ,ロシア,そしてドイツのデータを比較することで,他の言語圏でもSOC-L9がSOCを正確に測定できるかどうかを確認しました。その結果,これら3カ国におけるSOC-L9の共通した有用性が示されました。

日本におけるSOC-L9の有用性の検討

私たちの研究では,日本におけるSOC-L9の有用性を,Linらの研究内容をもとに尺度の信頼性や妥当性といった点から検証しました。この際,これまでの研究で用いられてきた手法に加えて,ラッシュモデルの推定という手法を取り入れることで,SOC-L9の測定精度を多面的に評価しました。ラッシュモデルは,心理尺度全体や各項目が研究者の想定した概念的な仮説モデルにきちんと適合しているかどうかについて,さまざまな評価指標を提供してくれる分析手法です。分析の結果,SOC-L9は,日本人特有の回答傾向が表れた部分はあるものの,諸外国で確認されたものと同様の仮説モデルに適合し,回答者のSOCの高低を明確に識別できる心理尺度であることが示されました。10項目以下で1つの要因の測定が可能になるので,上述した回答者の負担軽減などに大きく貢献すると考えられます。

今後の展望

SOCの測定にはまだ解決されていない問題があります。たとえば,SOCを構成する3つの感覚(把握可能感,処理可能感,有意味感)それぞれを明確に識別して,分析で扱えるような測定方法は確立されていません。Mc Geeらの研究グループによってAntonovskyが開発した質問項目によらない新たなSOC尺度の開発も試みられていますが,今後は理論的な統合を行いながら,統一的な測定方法を検討していく必要があると考えられます。

論文

嘉瀬貴祥 (2020).「Reliability and Construct Validity of the Leipzig Short Scale of Sense of Coherence Scale (SOC-L9) in Japanese Sample: The Rasch Measurement Model and Confirmatory Factor Analysis」『パーソナリティ研究』29(2), 120-122.