社会は心の健康にどう取り組むべきか?(2)
『心理療法がひらく未来』監訳者あとがきより
Posted by Chitose Press | On 2017年08月09日 | In サイナビ!, 連載5・2 精神疾患の負荷が増す社会
このようなパラダイムシフトは、メンタルヘルス問題の深刻化という社会変動を反映したものであって、けっして一時的な流行などではない。ストレス社会といわれるように、メンタルヘルスはどの国においても深刻な問題となっており、科学にもとづくメンタルヘルスの専門家が求められるようになった。これが3つのパラダイムシフトを促したといえる。
精神疾患はどこの国でも深刻な問題になっている。成人の5人に1人、子どもの10人に1人は何らかの精神疾患をもっている(第3章の表3-1)。第3章第1節にあるように、うつ病は、1950~90年代の間に増加して、その後、多いまま安定している。第3章第2節で描かれた疾病負荷のデータも驚くべきものである。障害生存年数(YLD)という指標によると、先進国では、全疾患の負荷のうち38%が精神疾患によるものである。それに比べると、心臓疾患、脳卒中、がん、肺疾患、糖尿病などの重い疾患ですら、あわせて22%にすぎない(第1章の図1-1)。精神疾患はもっともありふれた疾患であり、それによって国民の膨大な時間が失われている。
精神疾患への心理療法はこの20年で大きく進歩し、認知行動療法のように効果のある技法が開発された。それにもかかわらず、精神疾患をもつ人の多くが心理療法を受けることができずにいる。人は、身体疾患(たとえば糖尿病)だと90%は治療を受ける(第4章の図4-1)のに対し、精神疾患だと30%くらいの人しか治療を受けない(第4章の表4-1)。治療に対する態度は身体疾患と精神疾患では大きく違っている。
5・3 科学的メンタルヘルスの専門家への期待
こうした状況から、先進国では、メンタルヘルスへの対応が最優先課題となっている。
こうした期待に応えるように、精神疾患への心理療法はこの20年で大きく進歩し、短期間で大きな効果のある認知行動療法が開発された。これが第1のパラダイムシフト(精神分析療法から認知行動療法へ)である。
その一方で、医療費は年々増大していった。限りある医療費を、効果のない治療法に向けることは許されなくなり、治療効果の科学的根拠に関心が向くようになった。これが第2のパラダイムシフト(勘からエビデンスへ)を促した。
100年前なら宗教家が人々のストレスを癒していただろうが、しかし、現代では、宗教家に代わって、科学的にしっかりしたメンタルヘルスの専門家の養成が必要となった。つまり臨床心理士や精神科医への期待が高まってきた。これが第3のパラダイムシフト(科学的臨床心理学の養成システムの確立)を促した。
こうした3つのパラダイムシフトがIAPTに結実したといえる。
以下では、3つのパラダイムシフトがいかにIAPTを支えたかを紹介し、日本の現状や今後の展開について考えてみたい。
(→第3回に続く)
社会は心の健康にどう取り組むべきか。精神疾患に苦しむあらゆる人が適切な心理療法を受けることができれば,人生や社会はもっとよくなり,国の財政も改善する。心理療法アクセス改善政策(IAPT)でタッグを組んだ経済学者と臨床心理学者が,イギリス全土で巻き起こった幸福改革の全貌を明らかにする。