社会は心の健康にどう取り組むべきか?(2)
『心理療法がひらく未来』監訳者あとがきより
Posted by Chitose Press | On 2017年08月09日 | In サイナビ!, 連載4・3 IAPTの実施と成功
レイヤードの提言は、ブレア率いる労働党の選挙マニフェストに盛り込まれた。そして、労働党が選挙に勝ち、IAPTが実行されることになった。
レイヤードは、LSEのなかに「メンタルヘルス政策グループ」をつくって政策を練り、2006年には『うつ病レポート――うつ病と不安障害に対するニューディール政策』を発表した。
こうして2008年からIAPTが走り出した。2010年の選挙では労働党が敗北したが、このときにはすべての有力政党が心理療法のことを選挙マニフェストに入れていたために、IAPTは継続された。こうした経過については、第12章第1節に述べられている。
第12章の表12-1に示されているように、2008年からの5年間で、38万人がIAPTの治療を受け、その46%が回復した。46%という値は、一見するとそれほど高くないように思えるが、しかし、この値は薬物療法によるうつ病の回復率と同じである(第8章第3節)。薬物療法には副作用があり、また、多くの患者が薬物療法より心理療法を望むことからすると、この値は驚異的である。
この成功を受けて、IAPTは、成人だけでなく、子どもや、身体的問題を併発している人、重度の精神疾患をもつ人にまで拡張されることになった。
5 心理学の静かな革命
5・1 3つのパラダイムシフト
以上のように、IAPTは、レイヤードとクラークの研究成果と熱意で実現したが、こうした政策が2人の思いつきで突然現れてきたわけではない。また、IAPTはイギリスだけのローカルな政策というわけではない。じつは、IAPTには社会的背景があり、世界中で進行する大きなパラダイムシフト(学問の枠組みの変動)を反映したものである。
すなわち、世界のメンタルヘルス関係者のなかでは、現在、3つの大きなパラダイムシフトが進行しつつある。
① 精神分析療法から認知行動療法へのパラダイムシフト
② 勘からエビデンス(科学的根拠)へのパラダイムシフト
③ 科学的臨床心理学の養成システムの確立というパラダイムシフト
という3つである。筆者は「心理学の静かな革命」と呼んでいる。こうした革命によって、IAPTが実施できる機が熟していたちょうどそのときに、レイヤードとクラークが提案したということになる。