TEA(複線径路等至性アプローチ)の過去・現在・未来――文化と時間・プロセスをどのように探究するか?(4)
Posted by Chitose Press | On 2017年06月21日 | In サイナビ!, 連載文化の問題,人生の問題に心理学がどう取り組むことができるのか。時間とプロセスを記述するにはどうすればよいのか。この10年ほどの間に普及してきた複線径路等至性アプローチ(TEA)を手がかりに,サトウタツヤ教授,渡邊芳之教授,尾見康博教授の三者が鼎談を行い,議論をしました。最終回はTEAの全体像と発生の三層モデル,TEAの展開について考えます。(編集部)
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HSIと発生の三層モデル
サトウ:
もう1つどうしても言わなきゃいけないことは,TEA,つまり複線径路等至性アプローチの現状。この図を見てほしいんだけれど,TEMのMがModelからModelingというダイナミックな動作を表すようにした。そして,自己についての発生の三層モデル(TLMG)というのがある。今は自己を描こうという話になっているわけよ。HSS(歴史的構造化サンプリング)もサンプリングをやめてHSI(Historical Structured Inviting)にしたんだ。これらの総体がアプローチとしてのTEA(複線径路等至性アプローチ)。ちなみにHSSをHSIにしたのは,尾見から「サンプリングという言い方をやめろやめろ」という圧力があったからだけれど(笑)。最初はうるさいなぁと思ってたけど,だんだんわかってきた。
サトウタツヤ(佐藤達哉):立命館大学総合心理学部教授。主要著作・論文に,Collected Papers on Trajectory Equifinality Approach,『TEMではじめる質的研究』(誠信書房,2009年,編著),『心理学・入門――心理学はこんなに面白い』(有斐閣,2011年,共著)など。→webサイト。
尾見:
別に圧力はかけてないですよ(笑)。
尾見康博(おみ・やすひろ):山梨大学教育人間科学部教授。主要著作・論文に,Lives and relationships: Culture in transitions between social roles. (Advances in Cultural Psychology)(Information Age Publishing,2013年,共編),『好意・善意のディスコミュニケーション――文脈依存的ソーシャル・サポート論の展開』(アゴラブックス,2010年)など。→webサイト。
サトウ:
研究者がEquifinalityを経験している人を呼んでいるんだから,インバイティングにしたらいいんじゃないかという話になった。その前にはインビテーションにしたらいいかと思ったんだけれど,ヤーンか誰かに言われたのは,インビテーションはいいことに招待することなんだって。「勝手に呼んでおいてインビテーションはおかしい」と言われたんだ。それでインバイティングにしたんだよ。サンプルする(サンプリング)のではなくて,お呼びしてお話を聞く(インバイティング)ということ。
渡邊:
この図は全体で何なの。
渡邊芳之(わたなべ・よしゆき):帯広畜産大学人間科学研究部門教授。主要著作・論文に,『性格とはなんだったのか――心理学と日常概念』(新曜社,2010年),『心理学方法論』(朝倉書店,2007年,編著), 『心理学・入門――心理学はこんなに面白い』(有斐閣,2011年,共著)など。→webサイト。
サトウ:
TEAだよ。アプローチの全体。
渡邊:
例えば何かの事象をとらえる時には,これら全体がどう機能するの?
サトウ:
TEMのところが研究目標,自分の興味ある現象に至る径路をモデリングするということ。Equifinalityを経験した人を招待するのがHSI。それで分岐点が出てくるんだけれど,分岐点で実際にどうなっているかを説明したい時には,自己のモデルである発生の三層モデルを使う。
尾見:
そういうことか。はじめてわかった。ぼくは,サンプリングに対して反論して,サンプライゼーション(サンプル化)っていう言葉をつくって,この前のパーソナリティ心理学会で発表したんだ。一般的にいうと量的な研究でサンプリングしているっていうけれどもサンプリングしていないじゃないか,ということがあって,自分が勝手にサンプル化して,サンプルと見なしているだけじゃないかと。データをとった後に,あとから母集団が出てくるわけでしょう。
サトウ:
母集団なんかないんだから。
尾見:
それで検定にかけるためにサンプル化しているわけでしょ。でも,そのことはサンプルではないというTEMの本質とは違うんだよね。量的研究ではサンプル化という言葉はフィットしていて,TEMにはフィットしないということが,今,個人的にすっきりした。サンプライゼーションという言葉とは別の言葉として,インバイティングが出てきたということだ。ある意味では個性をつぶしていない。
渡邊:
サンプル化することを目的として呼んでくるのではないということが,これによって示されたんだ。
尾見:
サンプルにするということは,完全に匿名にして全部フラットにするということだと思うんだよね。
サトウ:
匿名ということについては面白い話がある。僕のところで博士論文を書いた日高(1)がやっているALS患者のライフ(生命・生活・人生)の研究では,相手が「匿名化しないでくれ」って言っているんだからね。
尾見:
イニシャルで記述されるのは嫌なわけだ。
サトウ:
で,図の説明に戻るけど,発生の三層モデル(TLMG)はヤーンが出した。人の自己を行為と記号と価値にしたらどうかと。自己のモデルという意味ではフロイト(2)と一緒なんだよね。フロイトの意識,前意識,無意識の三角形みたいな。行為のレベルはいろいろとあって,記号が発生するのが真ん中のレベルで,上が価値のレベル。これはドイツの心理学の流れだよ。アメリカの表面的な心理学では価値とかがない。まさにケリーは,このままではアメリカの心理学は人間の複雑性とかに到達できないだろうということで,こういうことをやったわけでしょ。大陸的な心理学の1つは,価値みたいな概念でそれを表す。
尾見:
難しいな。
渡邊:
日本の心理学者にはなかなかわからないよね。
尾見:
価値っていうのがぼくには落ちてこないな。
サトウ:
価値っていうのは個人的な価値だよ。
尾見:
個人の中の問題なの。
サトウ:
そうそう。個人の中。
渡邊:
ただ,個人の価値は必然的に他者の価値と結びつくし。
サトウ:
山を仮定して上から見たら円が重なって見えて,横から見たら三層だっていう話だよ。しつけとかによって個人は価値をもっていて,その価値の影響を受けているわけじゃない。
渡邊:
詫摩先生(3)が好きだった層理論。
サトウ:
ドイツの層理論の影響を受けて,ヤーンがこういうのをつくったんだね。
尾見:
で,三層モデルの続きをお願い。
サトウ:
記号は,青信号が赤になったら止まるとか。
渡邊:
一般的な意味なんでしょ。言語も含むということでしょ。
サトウ:
記号については,もともとは,ヴィゴツキー(4)由来ですよ。あることが,あることだけではなくて別のことも意味しているということが記号(サイン)という意味でしょ。さらにさかのぼると,ケーラー(5)のチンパンジーでやった研究『類人猿の知恵試験』のようなもので,サルがバナナをとる時に,棒を道具として使うのがサインだと。ゲシュタルトがわかっているわけだよね。これをヴィゴツキーが見て,サインが大事だと。道具として使うということは,サインが発生する。ヴィゴツキーからいくつかに分かれてエンゲストローム(6),コール(7)とかがいるけれども,その中でヴァルシナーはこういう,情報は入ってきてそれから出ていく,というモデルをつくったわけだ。