意味を創る――生きものらしさの認知心理学(2)
動きに感じる生きものらしさ
Posted by Chitose Press | On 2016年10月17日 | In サイナビ!, 連載続いて動画3はアニマシー知覚の研究として最も有名なハイダーとジンメルの1944年頃のアニメーションです。ただの三角形や丸なのに,「いじめる」「守る」「逃げる」など,社会的な役割をイメージできるような高次な要素が動きの中に含まれています。このように単純な幾何学図形に対して社会性すら感じてしまう(意味を創り出してしまう)ことがあります。
動画4は乳幼児やチンパンジーの研究で使われたものです。ミショットやハイダーの例とは違い,動く物体はたった1つです。3つの物体を比べると,異なる強さの意図や生きものらしさを感じます。このように複数の物体の相互作用がなくとも,周囲の環境との相互作用の中で生きものらしさ(ここでは意図)を感じることがあります。ニュートン力学の法則を破って動くように見える物体に対して,私たちは生きものらしさや意図などを見出してしまうようです。
動画5は,ただのランダムな動きです。1/fゆらぎという自然界に多く見られるランダムさを利用して作った動きの場合に,生きものらしさを強く感じることがわかっています(5)。なお,メダカも1/fゆらぎの性質をもった動きを餌(ミジンコ)だと思って(?)食いつくことが知られています(6)。生きものらしさの認知の一部は,原始的な運動視に組み込まれているのかもしれません。
ある日,アンドウ君という学生が「ヘビの気持ち悪さの研究がしたいんです」と言ってきました。くわしく聞いたところ,アンドウ君は気持ち悪さを生み出す動きについて,あるアイデアをもっていました。それを映像化したものが動画6です。
通常はAやBのような規則的なパターン(ここでは正弦波の動き)に対して強い生きものらしさを感じることはありません。ところが,Cのように終端がある物体(?)になると,急に生きものらしさが現れます。これを見て,著者は少し驚きました。規則的な動きからこのような強い生きものらしさが出てくるとは予想していなかったからです。この動きと生きものらしさの関係についてはアンドウ君と一緒に研究を進めているところです。
動きと生きものらしさ
たくさんのデモを通して動きに感じる生きものらしさを紹介しました。こうしてみると,動きと生きものらしさといってもなかなか奥が深いことがわかります。ここで考えてみたいポイントを3つ紹介します。
まず,私たちが動きから生きものらしさを感じる相手は,単純な丸や四角などの物体に過ぎません。外見は生きものとはまったく似つかない幾何学的な図形(BigDogの場合は謎の物体)です。したがって,これはパレイドリア現象にも共通する性質ですが,その対象を生きものと見間違える,というわけではなさそうです。むしろ,動きそのものが「生きもの」という意味を創り出す,という表現が適切でしょう。
逆に,次回くわしく説明しますが,外見が人間に似ているアンドロイドロボットに気持ち悪さを感じる「不気味の谷」現象(7)のことを考えると,外見自体はシンプルで生きものと似つかないものの方が,動きに対して自然な生きものらしさを感じるのかもしれません。
次のポイントとして,動きを見た瞬間に生きものらしさを感じてしまい,一度生きものらしさを感じてしまったらもう消し去ることは難しい,ということに触れておきます。これもパレイドリアと同じように,動きから生きものらしさを感じる過程は素早く自動的,不可避的な場合が多いようです。およそ「意味を創る」という脳のプロセスは,そのような性質をもっているものなのでしょう。
最後に重要なポイントですが,生きものらしさといってもいろいろな種類のものがあります。BigDogのような生々しいもの,ハイダーとジンメルの例のように社会性を連想させるようなもの,意図や意志を感じさせるもの,アンドウ君のヘビのように不気味さを感じさせるもの。
心理学の研究の歴史としては,動きから生じる「社会性」「意図」など高度な知性を彷彿とさせる生きものらしさ,つまりアニマシー知覚の研究が主流でした。これにはハイダーとジンメルやミショットらの初期のデモのインパクトが強く影響しているでしょう。一方,BigDogや1/fゆらぎに代表される,生命感が溢れ,動物としての本能に訴えるかのような生々しい方の生きものらしさの研究が始まったのはつい最近です(8)。
動きに感じるこのような多様な生きものらしさを説明する理論,生きものらしさの強さを予測するパラメータ,有無を規定する境界条件など,多くのことがわかっていないのが現状です。著者自身は最近では「知性的生きものらしさ」「情動的生きものらしさ」という独立する2つの次元で生きものらしさを解析・表現することにチャンレンジしています。本連載を読んで,(心理学者に限らず,脳科学の人でも,工学の人でも)一緒に研究する仲間が増えると嬉しいので,興味があれば声をかけてください。