心の痛みはトラウマだけじゃ説明できない?
『パーソナリティ研究』内容紹介
Posted by Chitose Press | On 2016年09月13日 | In サイナビ!, パーソナリティ研究トラウマによって心的外傷後ストレス障害(PTSD)が引き起こされる,とよく耳にします。では,トラウマに曝された人は全員がPTSDになるのでしょうか。認知特性によって程度の違いがあるのでしょうか。(編集部)
池田龍也:広島大学大学院教育学研究科博士課程後期(大学院生),広島大学保健管理センター研究員。
問題と目的
日本の中だけに目を向けたとしても,いわゆるトラウマと呼ばれる出来事が日々起こっています。トラウマを定義するのは難しいのですが,狭い意味でのトラウマは,生命の危機や大怪我を負うかもしれない出来事に曝されることです。このような出来事によって引き起こされる心理的な問題に,心的外傷後ストレス障害(Post-Traumatic Stress Disorder; 以下PTSD)や解離があります(解離というと耳慣れない方も「記憶喪失」や「多重人格」というとご存じの方が多いと思います。解離というのは,トラウマのような強烈なストレスに対する防衛機能のようなものと言われています)。
トラウマに曝された人は全員がPTSDになるのでしょうか。そんなことはありません。トラウマに曝されてもPTSDにならない人がいる一方,トラウマではない出来事によって外傷後ストレス反応(フラッシュバックをはじめとするPTSDのような反応のこと。Post-Traumatic Stress Response; 以下,PTSR)や解離のようなトラウマ関連反応を示す人もいます。このことから,トラウマだけでPTSRや解離を説明するには無理があるのではないかと考えました。
大切なのは本人から見える世界?
では,何がPTSRや解離に関係しているのでしょうか。私は各個人のもつ世界の見え方(認知特性)の中でも,被害的な認知特性に注目しました。この認知特性が強い人と弱い人では,同じ出来事から受ける心理的なダメージが違っていると予想されます。例えば,被害的な認知特性が強いと,周りの人にとっては些細な出来事でも,本人にはとても強烈で耐えられないような出来事として体験されるでしょう。私はトラウマによらないPTSRや解離の背景に,このような世界の見え方が関係しているのではないかと考えました。
方法
大学生を対象に調査を実施しました。対象者の平均年齢は19.26歳で,有効回答率は87.34%。207名の方々の有効回答を得ました。
調査項目は,対人場面での被害的な見方の頻度・確信度・苦痛度,解離の程度,PTSRの程度です。これに加えて,最もストレスフルだった体験と,その出来事の属性も回答してもらいました。ここで回答してもらった出来事の属性に基づいて,その出来事がトラウマだったか否かを分類しました。
データの分析としては,重回帰分析(ある要因に影響を与える要因を2つ以上想定し,その影響の強さなどを分析する方法)を実施しました。
結果と考察
得られた結果の中から,主なものを紹介します。わかったのは(1)PTSRでも解離でも,因果関係を想定できるほどトラウマの影響力は強くないこと。そして(2)PTSRと解離の両方で,被害的な認知の頻度がトラウマと同じくらいに影響を及ぼしていること,です。
トラウマの重大性を否定したり,「結局は気のもちよう」と言ったりしたいのではありません。これらの結果が示すのは「世界の見え方がトラウマと同じくらいの影響力をもつ」場合があり,もっと本人の見ている世界に注目する必要がある,ということです。
今後に向けて
得られた結果から,トラウマだけに注目していては,つらい出来事から受ける影響を理解することが難しいとわかりました。過去に起こったつらい出来事は,消してしまうことができません。トラウマによって世界の見え方が変わってしまうこともあります。ですが過去に起こったつらい出来事とは違って,現在の世界の見え方には変化の可能性が残されています。トラウマ関連反応に影響するのは,被害的な認知特性だけだとは考えにくいため,解離やPTSRなどに影響する要因を明らかにしたいと考えています。
論文
池田龍也・岡本祐子 (2016).「被害的な認知特性と出来事の外傷性が外傷後反応と解離性体験に及ぼす影響」『パーソナリティ研究』25(2), 166-170.