子どものがまんを科学する――実行機能の発達(3)
子どもの将来を予測する実行機能
Posted by Chitose Press | On 2016年05月09日 | In サイナビ!, 連載予測因子としての自己制御能力
自己制御能力と実行機能は,重なる部分が非常に多い概念ですが,これまで見てきたように,厳密には区別されます。特にここでは,自己制御能力はマシュマロ・テストで計測されたもの,実行機能は切り替えや抑制などの課題で計測されたものとして,区別して見ていきましょう。
まず,自己制御能力について見ていきます。マシュマロ・テストは,子どもの前にマシュマロを1つ置き,いますぐ食べる場合はマシュマロを1つ,実験者が部屋に戻ってくるまで待てたら,マシュマロを2つもらえるというテストでした。つまり,いますぐ食べられるけれども少ないご褒美か,少し待たなければならないけれどもたくさんのご褒美かの選択を子どもに迫るテストです。マシュマロを2つもらえる子どもは,自己制御能力が高い子どもだと見なされます。
このテストは,大きく2つの理由から注目されています。1つは,このテストで見られる自己制御能力の個人差が,発達の各時期における自己制御能力の個人差を予測するためです。小学校に入る頃には,多くの子どもがマシュマロ・テストで必要とされるような自己制御能力を発達させます。しかしながら,小学校入学後に子どもの自己制御能力に個人差がないかというと,そうではありません。発達のどの時期においても,自己制御能力には無視できない個人差が見られます。そして,幼児期にマシュマロ・テストで待つことができた子どもは,児童期でも,青年期でも,成人期においても,自己制御能力が高いという結果が報告されています(3)。言い換えると,マシュマロ・テストですぐにマシュマロを食べてしまった子どもは,大人になっても我慢することが難しいのです。
マシュマロ・テストが注目される2つ目の理由は,1つ目の理由と関連して,マシュマロ・テストで見られるような自己制御能力が,青年期の学力や成人期の社会的成功,健康,犯罪の程度を予測するためです。ある研究では,幼児期にマシュマロ・テストによって自己制御能力の個人差を計測し,その子どもたちの青年期における学業成績や対人スキルなどを調べました。その結果,幼児期に自己制御能力が高い子どもは,低い子どもよりも,青年期の学業成績や対人スキルなどの得点が高いことが示されました(4)。また,ニュージーランドで行われている長期縦断研究では,マシュマロ・テストそのものは使われていませんが,子ども期における自己制御能力を,親や保育士などに評定してもらいました(5)。それらの子どもが32歳になるまで追跡し,32歳の時点における社会的地位,収入,健康状態,犯罪の程度などを調べました。その結果,子ども期に自己制御能力が高い子どもは,経済的には,大人になったときの年収や社会的地位が高く,お金を計画的に運用することが明らかになりました。健康面でも,自己制御能力が高い子どもは,循環器系疾患,呼吸系疾患などの疾患や肥満の程度などの点において健康的であることも示されています。これ以外にも,中学2年時のIQと自己制御能力を調べ,いずれがより後の学力などの指標を予測するかを調べた研究では,IQも自己制御能力も後の学力を予測しましたが,自己制御能力の方が,より予測することが明らかになりました(6)。このように,幼児期の自己制御能力は,後の学力や健康状態,社会的関係などを予測することが示されています。