ベイズ統計学による心理学研究のすゝめ(3)
Posted by Chitose Press | On 2016年03月25日 | In サイナビ!, 連載こうしたことから,S. H. ジェフェリーズ(2)はベイズファクター(3)という量を使って2つの仮説の間での相対的なよさを測ることを提案しました。ベイズファクターはデータをとる前と,とった後とで,一方の仮説が他方に比べて,よりどれだけ支持されるようになったかを確率の比(オッズといいます)の尺度で表す量です。帰無仮説に対して対立仮説を評価する場合には,ベイズファクターが1より大きければ,データの情報によって対立仮説の事後オッズが事前オッズよりも大きくなったこと,つまりデータが対立仮説をより支持したことがわかります。ベイズファクターが大きければ大きいほど,支持の度合いは大きくなります。一方,ベイズファクターが1より小さい場合には,データが帰無仮説をより支持することになり,その度合いも小さければ小さいほど大きくなります。
ベイズファクターは,2つの確率についての確率の比であり,どちらの仮説も平等に扱われています。したがって,帰無仮説が正しい状況しか考えていない,という従来の仮説検定の1つめの問題も,ベイズ統計学のアプローチでは解消されることになります。
客観事前分布
ただし,ベイズファクターを従来の仮説検定と同じ文脈で使うにあたっては,やはり注意点があります。それは,対立仮説のもとでの事前分布をどう設定するかということです。
平均を0に制約する帰無仮説と,制約をおかない(0ではないという)対立仮説を考えましょう。このとき,対立仮説のもとでは平均にどんな事前分布を設定するのがよいでしょうか? 平均は理論上どんな大きな・小さな値もとりうるということで,-∞から+∞までの一様事前分布を設定したくなるかもしれません。しかし,前回少し触れたように,2つの仮説を比較する文脈で非正則な事前分布を使うと,ベイズファクターの値を1つに定められなくなってしまいます。
そこで,発想を転換します。ジェフェリーズは,事前分布がもつべきよい性質をまず挙げ,それを満たすような事前分布を導出して使うことを提案しました。彼はその事前分布に必要とされる性質として,変数変換をしても結果が変わらないことを重視しました。mをcmに直す場合のように,単に単位・尺度を変換しただけで分析結果が変わってしまうのは望ましくないですよね。ですので,そうした事態を避けられる事前分布を使おう,というアイディアです。そうしてジェフェリーズは,分析結果が変数変換の影響を受けない事前分布を導きました。その後,彼のアイディアに端を発し,さまざまな状況のもとで望ましい性質をもつ事前分布を導く研究が進みました。現代では,平均の差,相関,クロス表といったように,よく使われる統計モデルでの典型的な仮説検定に対応するベイズファクターを求める際には,客観事前分布とよばれる,汎用的な分布を利用することができるようになっています。
まとめ
今回見てきたように,本来の守備範囲を超えて使われるようになってしまった頻度論的な仮説検定への反動は,ベイズ統計学への注目を高める大きな要因の1つになりました。近年,ヒトの予知的超能力の証拠が実験で示されたと,D. J. ベムという心理学者が報告して(4)大きな議論をよぶ事件がありました。しかしその後,この結果は,今回お話した問題点その1のような従来型の仮説検定の特性のために得られた結果,という側面が大きいようであること,ベイズファクターを用いて再分析をすると「超能力」の証拠はむしろ乏しいことが報告され(5),ほとぼりが冷めました。この事件は多くの注目を浴びたぶん,多くの心理学者に,従来の仮説検定の問題点をあらためて気づかせるのに一役かったように思います。
次回は世紀末に始まるもう1つ動きである,計算機統計学的なベイズ統計学の再興と,心理学への応用について見ていきたいと思います。
(→第4回に続く)
文献・注
(1) p値の意味を自然言語で正確に表現するのはなかなか厄介です。本文とチャートではやや端折った表現をしましたが,より正確性を高めると,p値が意味するのは「帰無仮説が正しいことを前提としたときに,今回得られたのと同じか,またはそれ以上に帰無仮説と整合的でないデータが得られる確率」,となります。
(2) ジェフェリーズ(Sir Harold Jeffreys)。現代ベイズ統計学の基礎を築いた,フィッシャーと同じ時代に生きた統計学者。
(3) ベイズ比,ベイズ因子,ベイズ因数などと訳されることもあります
(4) Bem, D. J. (2011). Feeling the future: Experimental evidence for anomalous retroactive influences on cognition and affect. Journal of Personality and Social Psychology, 100(3), 407-425.
(5) Wagenmakers, E.-J., Wetzels, R., Borsboom, D., & van der Maas, H. L. J. (2011). Why psychologists must change the way they analyze their data: The case of psi: Comment on Bem (2011). Journal of Personality and Social Psychology, 100(3), 426-432.