実験心理学の魅力(1)

ことわざに表れる心理現象は、心理学の実証研究からどのように理解できるのか。ユニークな心理学の入門書『ことわざと心理学――人の行動と心を科学する』を、関西学院大学の今田寛名誉教授が刊行されました。そこではことわざを手がかりにして、心理学の幅広い領域に関係する研究が取り上げられていますが、通底するのは「科学的根拠に基づくアプローチ」の大切さ,そしてその面白さ。ご自身の研究史を振り返っていただきながら、心理学における実験や実証的アプローチの魅力について教えていただきました。(編集部)

心理学との出会い

――心理学、特に実験心理学に長年携わってこられました。心理学との出会いはどういったものだったのでしょうか。

Author_ImadaHiroshi今田寛(いまだ・ひろし):元関西学院大学学長,元広島女学院大学学長。現在,関西学院大学名誉教授。主要著作・論文に『ことわざと心理学――人の行動と心を科学する』(有斐閣,2015年),『心理科学のための39レッスン』(培風館,2004年),『学習の心理学』(培風館,1996年)など。

私の場合、心理学との出会いというよりは、父親(今田恵)が心理学者だったもので、心理学の中に生まれ落ちたようなものでした。父は牧師の息子で、将来牧師になることを両親から期待されて、当時はまだ神戸にあった関西学院の神学部に進み卒業し、牧師の資格を得ます。しかし人間経験の学としての心理学を学びたくて東京帝国大学に進み、1922年に卒業と同時に母校に呼び戻され、日本の私学で最初の心理学実験室を開設しました。もともと牧師を目ざしていたこともあってか、父は実に温厚な人格者で、家庭の底辺には、人間・生命への関心が日常的に漂っていたのかもしれません。そのためか、子供たちは、後に皆、人間と生命に関係のある仕事につくことになりました。兄は医学、2人の弟は生物科学、そして私は不甲斐ないほど抵抗もなく、心理学の道に進むことになりました。加えて2人の義兄も生物学者と牧師です。

実験への関心は、直接的には母親の影響が強かったと思います。母は好奇心の塊のような人で、いつも目をキラキラ輝かせ、わからないことをわからないままに放っておけない人でした。食事中でも子供にわからない言葉が話に出てくると、「ヒロ(私の幼少時の呼称)、『広辞林』!」と号令がかかります。すると箸を置いて、わからない言葉の項を皆の前で朗読したものでした。知がお行儀に優先していたようです。

そのような実証精神が高じてひどい目にあったこともあります。私が小学校(当時は戦時中でしたので国民学校)4年生の折、校舎の屋上でクラスで飼っていたアヒルを友人と2人で世話をしていたとき、「アヒルは飛ぶか?」ということが話題になりました。

「それなら飛ばしてみればわかるじゃないか」ということになり、3階建ての校舎の屋上から、下に掘られた防火用池に向かってアヒルを放り投げたことがあります。それを窓から見ていた級友の1人が先生に御注進に及び、先生にこっぴどく叱られ教授用のそろばんの上に正座させられました。あの痛みは告げ口をした友人の顔と共にいまだに忘れられません。なお実験の結論は、アヒルは羽をバタバタさせて無事着水したので、「飛びもしなかったが、落ちもしなかった」でした。

一方、弟は高校時代、「ナトリウムの結晶は水に入れると爆発する」のは本当かということを確かめたくて理科室に1人で忍び込み、物陰から水槽に向かってナトリウムの結晶を放り込み、見事爆発、教室の窓ガラスが全部割れる事件を起こしました。学校に呼び出されて注意を受けて帰って来た母親は、弟を叱る反面、心なしか満足そうに見えました。

しかし実験心理学そのものとの出会いは関西学院大学の心理学科に入ってからです。当時、父は大学行政に忙しく、学科運営は条件反射研究で有名な古武弥正(こたけ・やしょう)先生が行っておられました。先生の口癖は「基礎あっての応用じゃ!」で、学部では徹底した基礎重視で、実験心理学が柱でした。 


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