認知行動療法による「シングル・セッション・セラピー」

1回のセラピーを最大限活かすにはどうすればよいのでしょうか? 認知行動療法の第一人者ウィンディ・ドライデン博士の著作『CBTによるシングル・セッション・セラピー入門』を翻訳された毛利伊吹・上智大学准教授が,その勘所を解説します。(編集部)

毛利伊吹(もうり・いぶき):現在,上智大学総合人間科学部心理学科准教授。『CBTによるシングル・セッション・セラピー入門』(訳,ちとせプレス,2023年),『高齢者のマインドフルネス認知療法――うつ,緩和ケア,介護者のストレス低減など』(分担執筆,誠信書房,2018年),『女性のこころの臨床を学ぶ・語る――心理支援職のための「小夜会」連続講義』(分担執筆,金剛出版,2022年),『こころの支援に携わる人のためのソクラテス式質問法――認知行動療法の考え方・進め方を学ぶ』(監訳,金子書房,2022年)など。

この度,私が翻訳に関わった書籍Single-session integrated CBT(第2版)が『CBTによるシングル・セッション・セラピー入門』(1)として,ちとせプレスより出版されました(CBTとは,認知行動療法の略称です)。

本書は,Routledge社のCBT Distinctive Featuresというシリーズの中の1冊です。そのいくつかはすでに翻訳され,『弁証法的行動療法』『ベックの認知療法』等のタイトルで出版されています(いずれも明石書店)。タイトルが示すように,このシリーズでは,認知行動療法のさまざまなアプローチがそれぞれ1冊の本にまとめられ,理論と実践の観点からその概要が把握できる内容となっています。

シリーズの原著を目にして最初に惹かれたのは,つい手にしたくなるその大きさでした。ほぼB6サイズにペーパーバックという軽やかな仕様は,出勤や通学のお供としてカバンに入れたくなるほどです(ちなみに,『CBTによるシングル・セッション・セラピー入門』もおよそB6サイズ。不思議な魅力のカバー装幀は山影麻奈さん(2)によるものです)。そこで,学会の書籍コーナーでこのシリーズを見かけるたびにチェックしていたのですが,あるとき,その中にこのSingle-session integrated CBTがありました。でも,はじめて見かけたとき,頭に浮かんだのが,「いやいや,シングル・セッションの認知行動療法というのは,無理があるでしょ」という考え(自動思考ですね)だったものですから,そのときは,それきりでした。

その後この本を思い出したのは,回数の上限が5回という設定でのカウンセリングサービスの提供に自分が関わることになったときです。たとえば5回の場合,どのような枠組みで進めるとよいのでしょうか。これより長い回数で行っている標準的な認知行動療法を5回に縮めるという考え方を採用するなら,1回程度でアセスメントを行って目標を設定し,残りの期限でできる範囲の介入を行う(たとえば,何か1つの技法に取り組む),そして5回目の後半に,この面接が終わった後のことを話し合う,といった流れが考えられます。

けれど,より長い回数で用いられている枠組みを,そのまま圧縮するといった発想以外にないのだろうか,5回であれば一応の形にはなるけれど,3回,2回とより少ない回数となったときにどうすることが適切なのだろう,と疑問が生じました。そこで思い出したのが,Single-session integrated CBTです。1回だけの場合にどのような枠組みが考えられるのか。私は,前には見向きもしなかった,この本に急に興味がわきました。また,著者がドライデン博士であることに気づきました。彼は,私が認知行動療法を学び始めた頃に読んだ,『認知臨床心理学入門――認知行動アプローチの実践的理解のために』(3)の編者です。認知行動療法のオーソリティの1人でもある博士が,あれから四半世紀すぎたいま,何に取り組んでいるのかを知りたいとも思いました。

本書の中身に触れる前に,認知行動療法の回数について基本的な考えを見ておきます。時折,他のオリエンテーションの方などから,「認知行動療法は,回数が決まってるんですよね」と声をかけられることもあり,「認知行動療法=回数設定あり」というイメージは比較的広がっているように感じます。ただ,その「回数」には,診療報酬など制度上の制約としての回数,研究の知見として,また,臨床の経験上得られた目安としての回数など,いろいろな意味合いがあることには,あまり目が向けられていないかもしれません。たとえば,『うつ病の認知療法・認知行動療法治療者用マニュアル』(4)では,16回のプロトコルが示されています。その上で,「面接は,原則として16~20回行いますが,患者さんの状態にあわせて延長することを検討することもあります」との記載があり,回数は,対象の方に応じて延長する可能性があるものとされています。一方,診療報酬では16回に限り算定されますので,その枠内に収めようとするなら16回が上限ですが,これは制度上の制約であって,臨床上の理由によるものではありません。

認知行動療法の最初のマニュアルとされる『うつ病の認知療法』(5)では,面接回数の平均として,15回という値を示し,加えて,治療頻度と期間を,個々の事例に応じて調整する必要性を述べています。マニュアルに基づく認知行動療法の場合,目安となる回数はあるけれど,その順守が最優先ではなく,クライエントに応じたペースで進めることが基本です。ただ,回数という具体的な数字を目の前にすると,クライエントもセラピストもそれを守るべき基準と感じてしまうことが往々にして生じます。「より短期で効果の検証された治療を重視する社会経済的風潮」がある(6)との指摘のように,短期の治療に価値をおく社会の中に,セラピストも埋め込まれていると自覚しておくことには意味があると感じます。

一方,ケースフォーミュレーションに基づく認知行動療法の場合はどうでしょうか。セラピストは,治療が短期なものとなるように心がける,という点はマニュアルに基づく場合と同じです。短期性を強調することには,問題は解決可能だというメタメッセージが含まれ(7),それが治療へのモチベーションを促すことにもつながります。ジュディス・ベック(8)は,抑うつや不安を主訴とし,症状がそれほど複雑でない患者の治療は,6~14回で終結となるのがほとんどだが,患者によっては,強固な非機能的信念や行動パターンを修正し,慢性化した苦痛を緩和するために,1~2年(あるいはもっと長い期間)を必要とする場合もある,と述べています。ここで挙げた回数や期間は目安となりますが,盲従すべき基準ではないことに注意が必要でしょう。

認知行動療法において,短期は6~20回,長期は期間が1年以上(40回以上)というのがおおむね一般的な値です。これにより,6回より短い回数での実施において,標準的な認知行動療法の枠組みを参照することが妨げられるわけではありませんが,それとは別の何か新しい視点で考えてみてはどうだろうとの思いが刺激されます。

さて,ドライデン博士の「CBTによるシングル・セッション・セラピー(以下,SSI-CBT)」とはどのような療法なのか。読んでみてまず気づいたのは,「3回」ということです。たしかに,面接として行われるのは1回なのですが,前準備の質問票と,フォローアップのやりとりとを含めると,クライエントとセラピストの関わりは,計3回と見ることができます。さらに,SSI-CBTは,それが終わってからも,必要に応じて適切な支援を提供することを前提としています。これらは,先立つ情報もなくクライエントに会い,そして1回だけ面接を行って,そこで終わりにするのでは,と私が漠然ともっていたSSI-CBTへのイメージを変えるものでした。どうも私は「シングル・セッション・セラピー」という言葉から,普通の臨床とは異なる,何か極端なものを空想していたようです。そうではなくて,SSI-CBTの基礎には,長年臨床に取り組んできたドライデン博士の常識がありました。

その一方で戸惑いを感じたのは,支援をすぐに提供することを,事前のアセスメントより重視すると述べている点です。ここで強調されるのは,クライエントの希望に応じて即時に支援を提供することにあって,アセスメントは不要という意味ではないと考えられます。たしかにSSI-CBTでは,事前にアセスメントの時間を設けませんが,面接希望者との申込時のやりとりや事前の質問票から情報が得られますので,アセスメントが面接前から始まり,面接中も継続して行われることが前提となっているのでしょう。また,SSI-CBTでは,クライエントの抱えるリスクが明らかになった場合,そのときの面接を,クライエントの安全確保のために使うことを基本としていますし,クライエントの提示した問題や,その中心的なメカニズムを理解する際には,面接の中でフォーミュレーションが行われます。

また興味深いのは,SSI-CBTを希望する人がこの療法に向いているかどうかを事前には考慮しないという点です。SSI-CBTが誰の役に立つかを見出す唯一の方法は,これを行ってみることだと博士は述べます。彼がこの考えに至ったのは,この第2版からです。初版では,どのような人に向いていて,どのような人に向いていないのかが述べられていますし,第2版8章の「適用に関する私のこれまでの立場」には,そのような,自身のかつての立場と現在の考えに至った背景が載っています。この議論の生じそうな点について,考えるための材料が示されていますので,読んでいただいた方にもぜひご検討いただきたいところの1つです。

ところで「シングル・セッション」はなぜ,どのようなときに行われているのでしょう。本書で博士は,研究の知見や自身の経験を引き合いに,1回の面接を望むクライエントは多いと述べています。日本でも,そうなのでしょうか。また博士は,セラピストがドロップアウトと呼ぶものは,セラピスト側の視点であり,セラピストが満足していなくても,クライエントは満足してセラピーを去ることはある,という研究を紹介しています。「そのセラピーは誰の満足を目指しているのか」とは,重要な問いかけです。

1回だけの面接は,教育や産業領域におけるカウンセリングでは,珍しくないでしょうし,がん相談支援センターの窓口で行われる相談も,そこに含めることができるかもしれません。1回や数回など少ない回数の面接,さらに,低頻度かつ長期の面接(9)など,さまざまな頻度や期間のものがあります。これらは,クライエントの事情や現場の制約により生じ,ある種セラピストの「本意」ではない場合もあるのかもしれません。ただそれを,たんに次善の策,あるいは「仮のもの」とするのではなく,クライエントとそこで何を行なうのか,何が起きているのかを考えるのは,認知行動療法にとっても意味のあることです。

さて,ドライデン博士のSSI-CBTは,標準的な認知行動療法を1回の面接に圧縮したものではありません。彼は,「セラピーは最初にコンタクトする前に始まり,最後にコンタクトした後も長く続く」と捉えています。つまり,クライエントの抱えている問題への取り組みは,クライエントとセラピストが出会う前から始まっていて,それは,SSI-CBTにおける1回の面接が終わった後も続くという理解であり,SSI-CBTでは,クライエントの問題を1回の面接のみで解決しようとはしていません。問題への取り組みは,クライエントの暮らしの中で行われ,SSI-CBTはその途中に位置します。そこで面接は,クライエントの日常生活とのつながりを意識して実施されます。たとえば,クライエントにとってはじめてのことを,面接でいきなり導入するのではなく,本人が問題解決のために試してきたことを前提として,うまくいかなかった方略を避け,これまでに有効だった対処をもとに検討します。また,セラピー以外の治療的な要因にも目を向け,クライエントの強みや外的資源の積極的な活用を心がけます。

本書の第Ⅱ部では,SSI-CBTの臨床実践が事例を用いて紹介されており,その内容は盛りだくさんです。1回でこれだけ多くのことを行わなければいけないのかと「ノルマ」のように捉えてしまうなら,いたずらに焦りが生じそうです。忘れてはいけないのは,ドライデン博士がSSI-CBTを,マニュアル通りに行うものではないと述べていることです。博士はこの本で自分の手の内を明かしたうえで,実践については1人ひとりの専門家に委ねています。委ねられた私たちにとって,「クライエントをプロセスの中心におく」「限られた時間を急がず使う」「クライエントが持ち帰るものは少ないほどよい」などの本書の言葉が,SSI-CBTの実践における助けとなるように思っています。

文献・注

(1) ドライデン,W.(毛利伊吹訳) (2023).『CBTによるシングル・セッション・セラピー入門』ちとせプレス

(2) 装丁:山影麻奈さんのサイト

(3) ドライデン,W.・レントゥル,R. 編(丹野義彦監訳) (1996).『認知臨床心理学入門――認知行動アプローチの実践的理解のために』東京大学出版会

(4) 慶應義塾大学認知行動療法研究会編 (2010).『うつ病の認知療法・認知行動療法治療者用マニュアル』

(5) Beck, A. T., Rush, A. J., Shaw, B. F., & Emery, G. (1979). Cognitive therapy of depression. Guilford Press.(坂野雄二監訳,2007『新版 うつ病の認知療法』岩崎学術出版社)

(6) Weishaar, M. E. (1993). Aaron T. Beck. Sage Publications.(大野裕監訳,2009『アーロン・T・ベック――認知療法の成立と展開』創元社)

(7) Wills, F. (2009). Beck’s cognitive therapy. Routledge.(大野裕監修/監訳,2016『認知行動療法の新しい潮流3 ベックの認知療法』明石書店)

(8) Beck, J. S. (2011). Cognitive behavior therapy: Basics and beyond (2nd ed.). Guilford Press.(伊藤絵美・神村栄一・藤澤大介訳,2015『認知行動療法実践ガイド:基礎から応用まで――ジュディス・ベックの認知療法テキスト〔第2版〕』星和書店)

(9) 山口貴史 (2022).「低頻度かつ長期の心理面接の意義」『心理臨床学研究』40(2), 127-137.

9784908736339

ウィンディ・ドライデン 著/毛利伊吹 訳
ちとせプレス(2023/9/10)

1回のセラピーを最大限活かす セラピーを継続させる道筋を担保しつつ,1回だけのセラピーで,有効な支援をどのように構築することができるのか。認知行動療法(CBT)の第一人者が丁寧に解説


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