もうひとつのあとがき

『大学生ミライの信頼性と妥当性の探究』の刊行に寄せて

占いと心理学はどこが似ていて,どこが違うのでしょうか? 「全然違う!」と言いたくなりますが,具体的に何がどう違うのかを説明しようとすると意外と難しいのかもしれません。物語をとおして、心理学における信頼性と妥当性の問題を解説した『大学生ミライの信頼性と妥当性の探究』のもうひとつのあとがきです。(編集部)

小塩真司(おしお・あつし):早稲田大学文学学術院教授。『大学生ミライの信頼性と妥当性の探究』(ちとせプレス,2022年)を刊行。

2022年9月9日,ちとせプレスより『大学生ミライの信頼性と妥当性の探究』が出版されます。この本は,2013年に出版された『大学生ミライの統計的日常—確率・条件・仮説って?(1)』(東京図書),2016年に出版された『大学生ミライの因果関係の探究(2)』(ストーリーでわかる心理統計,ちとせプレス)の続編となります。またこれらのスピンオフとして,2015年に出版された『研究をブラッシュアップする SPSSとAmosによる心理・調査データ解析(3)』(東京図書)もあります。

もちろん,これまでのシリーズをお読みいただければ,「あそこの登場人物がここで」といった楽しみ方はできるかと思います。とはいえ,これらの本を読んでいなくても,今回の本だけでも十分に楽しんでいただける内容として構成しているつもりですので,気軽に本書を手にとていただければ幸いです。

ストーリーで学ぶシリーズ

さて,もともとのきっかけから書いてみたいと思います。

以前から統計関連で,ストーリーを交えて説明する,というコンセプトの本が何冊か出版されていたように記憶しています。他にも「マンガで学ぶ」というシリーズもありますよね。とはいえ中身を読んでいくと,導入部分はストーリーになっていても,説明の部分になるとテキストのようになっていたり,ということも多かったように記憶しています。もっと「ストーリーと学ぶ内容がちゃんとつながれば面白くなるのにな」と感じていたのでした。そうすれば,推理小説のようになるかもしれません。私自身,ミステリー小説は好きですので,そんな感覚で読み進められる本があったら面白いかもしれないな……そんなことを思っていたとき,「新しい本を何か書いてください」と頼まれたタイミングで,このシリーズの最初の本を書き始めたのでした。

というわけで,このシリーズでは,日常(だいたい学生生活の中)で何が事件や出来事が起き,授業や個別指導の中で統計に関する知識を教えてもらい,その内容を知ることで問題を解決できそうになっていく(本当にできるとは限りません),という構成になっています。少なくとも,そのような構成にすることを自分に課したうえで執筆していきました。

ストーリー

物語に登場するのは庭瀬ミライという大学生とその仲間たち,そして彼らが通うC大学(4)の教員たちです。最初の本では大学1年生の1年間,2冊目では大学2年生の1年間,そして今回は大学3年生の春学期(前期)9週間の様子を描いています。じつは今回も1冊の中で1年間が経過することを想定して書き始めたのですが,ストーリーの展開の都合上,途中で方向転換して,9週間で終わるようにしました。

今回は「信頼性と妥当性の探究」とあるように,心理学の尺度構成で避けることができない,信頼性と妥当性の考え方を中心に据えています。学部でも大学院でも,新たな尺度を作成して信頼性と妥当性を検証するということはよく行われますし,非常に多くの論文でも尺度構成が行われています。私自身,これまでに何度も尺度構成の研究に携わってきており,それなりにいろいろなことを考えてきました。今回の本の内容は,私が考えていることも反映されています(私が授業で使っているネタも盛り込まれています)。

また,これまでは各章が独立した内容で構成されていましたので,全体の統一感がいまひとつだったかもしれません。今回は最初から最後まで,とある占いサークルの存在が影を落とし,そのなかで統計や研究の説明が展開し,最後はQRPs(Questionable Research Practices; 望ましくない研究行為)の話へと続いていきます。シリーズの中でははじめて,一連のストーリーの流れと個別の説明との融合を試みてみました。うまくいっているかどうかの判断は読者の皆さまに委ねたいと思います。難しい話は横に置いて,少しだけでもストーリーそのものも楽しんでもらえると嬉しいです……と書くと,いったい何を目指しているのかと思われてしまいそうですね。

信頼性と妥当性と研究

信頼性と妥当性を考えていくうえで,研究という営みとは何かという問題に触れないわけにはいきません。

たとえば,あるパーソナリティ尺度の再検査信頼性を検証するために,1カ月間隔で200名に再調査をしたとします。最初の調査と次の調査との間の相関係数を評価して,「十分な再検査信頼性が検証された」と結論が書かれていきます。ところがその一方で,同じパーソナリティ尺度を使って,3年間隔で2回の調査を行ったとしましょう。1回目と2回目の相関係数を算出すると,「このパーソナリティ特性はこの年齢層でこれくらいの安定性がある」と,尺度ではなく「概念」に焦点が当てられて解釈されることがあります(本書第4週参照)。時間を空けて2回の調査を行っているという点では同じことをしているのに,一方では「再検査信頼性が確認された」,他方では「パーソナリティ特性はこれくらい安定している」と解釈されるのです。

また,Big Fiveパーソナリティの勤勉性(誠実性)は,学業成績(5)や職業パフォーマンス(6)に結びつくことが研究で示されています。大学を卒業するときにパーソナリティ尺度を実施して,就職して数年後の職業パフォーマンスや収入を測定することができれば面白い研究になりそうです。しかし同じことを検討しても,十分に多くの先行する研究知見がある場合には,その試みはしだいに「確認」のようなものとなっていきます。もしもパーソナリティ尺度を新たに作成したのであれば,勤勉性の下位尺度がGPAや職業パフォーマンスを予測できることは,予測的妥当性の検証となっていきます(本書第7週)。

そして,自尊感情尺度とパーソナリティ尺度との関連を検討したとしましょう。同じことをしていても,ある研究では「パーソナリティ尺度の妥当性が検証された」と妥当性の検証として結論が書かれ,別の研究では「このパーソナリティが高い人ほど自尊感情が高いことが明らかにされた」と新たな発見がなされたかのように結論が書かれていきます。この違いはどこにあるのでしょうか。

このように研究を進めるなかでは,前提や背景が異なることで,ほとんど同じことをしているのにまったく違った意味をもつことがあります。そしてこのように見てくると,重要なのは手続きよりも,背景にある理論や研究の状況の方なのではないかということがわかってきます。今回の『大学生ミライの信頼性と妥当性の探究』で説明したかったのは,「このような手続きを踏めば信頼性が確認される」とか「ここを押さえておけば一通りの妥当性が検証できる」という一通りの決まった作法ではありません。それよりも,研究の中でどのように考えたら信頼性や妥当性というものにつながっていくのか,という背景にある考え方についてです。

はたして,この目論見はうまくいっているのでしょうか。その評価は読者の皆さんにお任せしたいと思います。

時間経過

じつは今回の原稿には草稿があり,その草稿はパソコンの中でずいぶんと長い期間,眠ったままになっていました。最初の草稿のテキストファイルの作成日を確認してみると「2013年5月」となっています。どうやらミライ・シリーズの最初の本が出るよりも前の段階で,すでに「3年目の話はここから始める」と決めていたようです。

ところが,書籍の売れ行きの問題もあり,続きを出していただける出版社も変わり,また続編を出版できるという見通しも立たず,このファイルはパソコンの中でずいぶん長い間,眠ったままにされていたのです。そして今回,「そろそろ続編を書きませんか」とお声をかけていただいたことで,ようやく重い腰を上げ,ファイルを数年ぶりに開きました。このような経緯があることから,本書の中では新型コロナウイルス感染症(COVID-19)について触れていません。このシリーズは,パンデミックがない世界を描いていますので,その点はご了承ください。

あとがきにも書かせていただいたのですが,今回の執筆は正直言ってなかなかつらいものでした。普通に解説する本を書いていればもっと楽に書くことができるかもしれないのに,どうしてストーリーに結びつけることを自分で課してしまったのだろう,と自分の浅はかな思いつきを恨んだり……というのは少々おおげさですが,しかしアイデアが思い浮かばないまましばらく途方に暮れる,という経験をしたのも久しぶりのことでした。

とはいえ,完成してしまえばどれだけ苦労をしても,それは過去のことです。ぜひ,ストーリーを楽しみつつ,心理学の研究(あくまでも調査法で研究する分野についてですが)についても,イメージを膨らませてもらえれば嬉しく思います。

文献・注

(1) 小塩真司 (2013).『大学生ミライの統計的日常――確率・条件・仮説って?』東京図書

(2) 小塩真司 (2016).『大学生ミライの因果関係の探究』ストーリーでわかる心理統計,ちとせプレス

(3) 小塩真司 (2015).『研究をブラッシュアップする SPSSとAmosによる心理・調査データ解析』東京図書

(4) 私の職歴をご存じの方は私の前任校を思い浮かべるかもしれません。そのとおりで,キャンパスの様子も私の前任校(愛知県にあるC大学)をイメージしています。先日,約10年ぶりにキャンパスを訪れる機会があり,懐かしく感じました。ちなみに登場する心理学科の先生たちの名前は実在の心理学者の名前をもじってあります。

(5) Poropat, A. E. (2009). A meta-analysis of the five-factor model of personality and academic performance. Psychological Bulletin, 135(2), 322-338.

(6) Barrick, M. R., & Mount, M. K. (1991). The Big Five personality dimensions and job performance: A meta-analysis. Personnel Psychology, 44(1), 1-26.

9784908736278

小塩真司 著
ちとせプレス(2022/9/10)

物語をとおして、心理学における信頼性と妥当性の問題を解説。占いと心理学はどこが似ていて、どこが違うのだろう? 心理学科のミライが統計にまつわる出来事に遭遇するキャンパスライフ・ストーリー


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