組織と職場の適応力の試金石としてのパンデミック

2020年に起きた新型コロナウイルスの感染拡大が日本の組織や職場の適応力にどのような影響をもたらしたのか,組織・集団における社会心理学が専門の山口裕幸・九州大学教授が考察します。山口教授は,組織や職場で生じるさまざまなトピックについて,科学的な行動観察の視点と社会心理学の実証研究から明らかとなった知見を紹介する『組織と職場の社会心理学』を刊行しました。

山口裕幸(やまぐち・ひろゆき):九州大学大学院人間環境学研究院教授。『組織と職場の社会心理学』(ちとせプレス,2020年)を刊行。

新型コロナウイルスの感染拡大は,手洗い,消毒,マスク着用を徹底する生活習慣だけでなく,職場のあり方や我々の働き方にもさまざまな変化をもたらしている。思い起こせば,毎日職場に出勤していたかつての日々の中では,便利なオンライン会議のツールが開発されていることは知っていても,それを活用することについては必要最低限にとどめ,あくまでも対面的コミュニケーションの補助的なものという認識の方が主流だったように思う。AIやICTの活用等,職場のデジタル化への潮流は不可避でも,そのスピードは働く人間のペースで進んでいた。どちらかといえば保守的な傾向の強かった職場のあり方と働き方を,今回の新型コロナウイルスの感染拡大は,暴風雨のごとく襲い,大きく変革させるものとなっているといえるだろう。

もともと日本社会における働き方には,長時間労働や過労死,深刻なストレスやハラスメント等,多くの問題が指摘されてきた。政府肝いりの改革「働き方改革関連法案」が2019年4月1日に施行され1年余りが経過するが,実際の取り組みは必ずしも順風満帆に進んでいるとは言えない状況だったといえるだろう。月末の金曜日は早めに仕事を切り上げて,いつもよりも少しリッチな週末をすごそうというプレミアムフライデーの提言に対する世の中の冷ややかな反応は記憶に新しいところである。

これに対して,新型コロナウイルスの感染拡大が引き起こした働き方の変革は,待ったなしのプレッシャーを伴って,一気呵成のスピード感で進んでいる。これからも,デジタル化を軸に,組織と職場のあり方と人々の働き方の変革はまだまだ続くと考えられる。変化の様相はさまざまな側面で表れることが予想されるが,本稿では,変革が進むなかで人間の行動や心理がどのような影響を受けるのか,そしてどのように組織と職場の環境適応が進むのか,社会心理学的な視点で捉えたときに興味深い事象について考えてみたい。

変化の捉え方と対応に見られるジェネレーション・ギャップ

環境の変化に対する適応という観点から,最初に取り上げたいのは,リクルートワークス研究所によるWorks Report「コロナ危機と私たちの働き方」特集(2020年5月29日)の調査報告である。この中で,古屋星斗は,新型コロナウイルスの感染拡大を受けて仕事の仕方にどのような変化があるのか調査した結果を報告している(1)。4363人を対象に,2020年4月に実施した調査の結果であり,リモートワークやオンライン会議への移行が現在進行中で進んでいる状況での回答である。

ここで注目されるのが,20歳代の若手たちとそれ以上の年代の中堅・ベテランたちでは,新型コロナウイルスの感染拡大による影響,いわゆるコロナショックの受け止め方と適応の仕方に明瞭な違いが見られることである。具体的には,「上司や同僚から業務を遂行する上での助言や情報を得る機会が増えたか」という設問について,20歳台の回答者の31.0%が増えたと答え,20.9%が減ったと答えている。ところが,この「増えた」:「減った」の回答比率は,30歳台では23.5%:22.7%,40歳台では22.2%:24.3%,50歳台になると,16.6%:25.4%,60歳台では14.1%:25.5%となっている。もちろん,年代が上がるにつれ,職位も上がり,設問の「上司や同僚からの助言や情報」を得る機会そのものが少なくなることは考慮しなければならない。しかし,それにしても,20歳台は「増えた」が「減った」を1割程度上まわっているのに,30歳・40歳台はほぼ同率で,50歳台・60歳台では逆に「減った」が「増えた」を1割程度上まわっている。年代によるコントラストが顕著なのである。この年代別の回答傾向のコントラストは,「この1か月で社外活動を停止・開始をした者の割合」においても見られており,若手は社会活動を開始した者の比率が高かった。

限られた調査結果だけをもとに一般化した議論を行うことには慎重でなければならないが,この調査結果が示唆するのは,若手は中堅・ベテランに比べて,パンデミックがもたらす急激な環境の変化であっても,したたかに適応しつつあるということであり,反面,中堅以上の年代は,変化に取り遅れてしまう可能性が潜在的に高いことである。組織や職場のあり方を急激に変わる新しい環境に適応的に変革していこうとすれば,20歳台の若手とのディスカッションやダイアローグの機会を増やし,彼らの見識を生かす取り組みを進めることが,1つの有効な選択肢だと考えられる。

テレワークとワーク・ライフ・バランスと職場のチームワーク

パンデミックがもたらした働き方の変革の中で,最も目に見える形で進んだのが,在宅勤務の増加と,それに伴うテレワーク(リモートワーク)の増加だろう。東京都の調査結果によると(2),従業員30人以上の都内企業の4月時点のテレワーク導入率は62.7%で,そのひと月前3月時点の24.0%に比べて飛躍的伸びを示している。テレワークを実施した社員の比率も49.1%(昨年12月時点では15.7%)に増え,ひと月の勤務日(約20日)のうちテレワークを実施した日数も12.2日で,3月の4.2日,12月の1.2日に比較して非常に大きく増加している。導入率76.2%の事務・営業職だけでなく,現場作業や対人サービス中心の業種でも55%と過半数の導入率となっている。この導入率についても3月の3.7倍に伸張しており,業種を問わずテレワークの導入が一気に加速したことがわかる。

パンデミックを契機に,もともと出社せず在宅で仕事を行う「自営型テレワーク」だけでなく,本来は出社勤務の形をとっていた組織でも在宅勤務制度を活用して働く「雇用型テレワーク」が急速に増加してきたことがうかがえる。それに伴って,都心に賃料の高いオフィスを無理に構えなくても,多くの社員が自宅をもつ郊外の交通の便利なところに,オフィスを借り換える動きが出ているとの報道も相次いだ。木村駿は,『日経クロステテック』誌に「コロナショックでオフィスは不要になるか」と題する記事を掲載して,4月時点では新型コロナによるオフィスビル市況への影響は顕在化していないが,成約に向けてテナントの動きは全国的に停滞の様子が見られるとのオフィスビル仲介商社の見解を紹介している(3)。この記事では,パンデミックを経験して,多くの経営者やビジネスパーソンが「わざわざ会社に行かなくても,意外に仕事は回る」という感覚を抱いていることにも言及している。他にも同様の報告はなされていて,当初仕方なく導入したテレワークは,組織の経営者や管理者にとって,それほど問題の多い選択肢ではないことが判明し,むしろ導入に拍車がかかる状況にあることがうかがえる。

そこで気になるのが,テレワークに従事する当事者たちのワーク・ライフ・バランスへの影響である。リクルートマネジメントリソリューションズが実施した「テレワーク緊急実態調査」の結果報告(4)によれば,テレワーク従事者の半数以上が,「生産性が向上し,業績にプラスの効果があると思う」「仕事へのやる気が高まると思う」と回答している。また,家族とのコミュニケーションに使う時間が増え,身体的にも精神的な健康度も増しているとの回答が,そうではないとの回答を上まわっていることも報告されている。そして,自己管理の習慣をつけ,無駄な業務を減らして,ワーク・ライフ・バランスを改善するいい機会だと捉える管理職も多いことも報告されていて,テレワークの導入は総じてワーク・ライフ・バランスには好影響があると見なされていると考えてよいだろう。

ただし,筆者が研究テーマとしている職場のチームワークへの影響に着目してこの調査報告を読んだとき,「感謝の言葉をかけたり,かけられたりする機会」「雑談や思いつきレベルのアイディアの共有」「同僚と,お互いの仕事の進捗を気にかけ,助け合う機会」は減ったと回答する人が,増えたと回答した人よりも多いことが気になった。管理職の回答の中にも,「部下に必要なときに業務指示を出したり,指導をしたりしづらい」「チームビルディングができない」という不安を多くが提示しているとの報告がある。これらの不安は,テレワークだけでなくオンライン会議が増えたことによっても生じているものかもしれない。

筆者が行った直近の調査研究(5)では,チーム・コミュニケーションが業務上の会議に限定され,停滞感の強くなっているスペシャリスト・チームに,気軽な対話やおしゃべりの機会,さらにはリーダーとメンバーのワン・オン・ワン・コミュニケーションを定例的に実施する方策を取り入れることで,チーム力の改善が進むことが確認された。職場のざっくばらんで気兼ねないコミュニケーションの活性化は,思いの外,優れたチーム力育成の大きなファクターなのである。

テレワークやオンライン会議の拡大によって,出社の機会も必要性も低くなり,一部には,そのうち「職場」という概念はなくなっていく可能性もあるのではないかという声も聞かれることがある。そうなったとき,組織だけでなく,職場のチームもチームとして機能することが難しくなることはないのか。組織や職場のデジタル化が進むなかで,働く人々が身体的にも精神的も健全で,生産性高く,満足度の高い生活を送るための手立てを創意し,さらにはみなでチームワークよく協働するための労務環境をデザインすることは,組織と職場のマネジメントを考えるときのさらなる重要課題として認識されるべきだろう。

文献・注

(1) 古屋星斗 (2020). 「若手の“適応”と“進化”。「コロナショック」をデータで見る」リクルートワークス研究所,5月28日

(2) 東京都新型コロナウイルス感染症対策本部 (2020).「テレワーク導入率緊急調査結果と事業継続緊急対策(テレワーク)助成金募集期間延長をお知らせします(第330報)」5月11日

(3) 木村駿 (2020).「コロナショックでオフィスは不要になるのか」日経クロステック,5月26日

(4) リクルートマネジメントソリューションズ「テレワーク緊急実態調査」5月18日

(5) 山口裕幸・縄田健悟・池田浩・青島未佳 (2019).「組織におけるチーム・ダイアログ活性化活動が成員のプロアクティビティ育成にもたらす効果」『日本グループ・ダイナミックス学会第66回大会(富山大学)論文集』pp. 50-51.
山口裕幸・池田浩・縄⽥健悟・中村和彦 (2019).「チーム⼒開発に向けての社会⼼理学的アプローチ(ワークショップ)」日本社会心理学会第60回大会(立正大学)

9784908736179

山口裕幸 著/株式会社オージス総研 協力
ちとせプレス (2020/7/20)

組織や職場の現場で生じるさまざまなトピックについて,科学的な行動観察の視点と社会心理学の実証研究から明らかとなった知見を紹介。人間行動への深い理解と,よりよい組織や職場の構築に向けて。


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