対談:犯罪・非行からの離脱をめぐって(前編)

対談 山田憲児×岡邊健

犯罪や非行をしなくなること,しなくなっていくプロセス――犯罪・非行からの離脱――が近年注目されています。社会学的な視点から多面的に分析した『犯罪・非行からの離脱(デジスタンス)』の編者である岡邊健・京都大学教授と法務省や就労支援事業者機構等を経て,現在は更生保護施設・更新会で常務理事をされている山田憲児氏とが,犯罪や非行からの離脱の実情と課題を語り合いました。(編集部)

更生保護の現状

岡邊健(以下,岡邊)

このたび私が編者となった『犯罪・非行からの離脱(デジスタンス)』(1)という書籍を刊行することになりました。その刊行を記念して,新宿にある更生保護施設である更新会の常務理事でおられる山田憲児先生に対談をご相談したところ,快くお引き受けいただきました。山田先生,本日はどうぞよろしくお願いいたします。さっそくですが,この本には保護観察の話や更生保護施設の話が第4章から第7章あたりに書いてありますけれども,山田先生はいま更生保護施設の常務理事としてお仕事なさっておられますが,最近の更生保護の現況をどのように見ておられますでしょうか。

Okabe.jpg岡邊健(おかべ・たけし):京都大学大学院教育学研究科教授。『犯罪・非行からの離脱(デジスタンス)』(編著,ちとせプレス,2021年)を刊行。

山田憲児(以下,山田)

昔は30代,40代の刑務所出所者が入って,働き始めて自立するというパターンだったんですけども,最近は高齢者や障害者が出所すると,なかなか働けないことが多くなった。だからそれをどこにつなぐのかが一番難しい仕事ですね。肉親とか親族がいないから,更生保護施設に来ているわけですね。働ければ住み込み就職ができる。働けない人の問題が大きいですね。

Yamada.jpg山田憲児(やまだ・けんじ):更生保護施設「更新会」常任理事。

岡邊

以前であれば,まず更生保護施設に入って,職安(ハローワーク)で仕事を見つけて,安定して仕事が回るようになって6カ月程度で出ていき,仕事をさらに続けていくっていうような形で更生を図っていくパターンが多かったと思います。いまおっしゃったような,なかなか仕事に就きにくいという状況が増えてきたのは,いつ頃からなんでしょうかね。

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山田

いつ頃かな,コロナの影響もありますけれども。

岡邊

もちろんありますよね。ただけっこう長期的に高齢者,障害者について言われてきています。

山田

刑務所の高齢化も長期的に進んでいますしね。

岡邊

山田先生は法務省の仕事を退かれてから10年ほど経つと思いますが,現役時代といいますか保護観察所長時代でも,なかなか仕事に就くのが難しいという元受刑者の方が出てきていた状況だったのでしょうか。

山田

法務省を辞めてから,全国組織である就労支援事業者機構の事務局長をやっていたのですけれども,協力雇用主の数はどんどん増えていきました。政府が奨励策をとって,協力雇用主になると公共事業に参画するためのポイントがもらえるというポイント制度の創設など,制度的に後押ししましたから,数は増えました。ただ実際にそこで雇われている人の数はそれほど増えていない。協力雇用主の数の10分の1ぐらいしかいない。実態としては,登録だけをしているケースが多い。

岡邊

就労支援事業者機構のお仕事をされるなかで,いろいろと課題が見えてきたと思うのですが,いまおっしゃったこと以外に何かありますでしょうか。

山田

単に職をあっせんしてマッチングすればそれで終わりかというとそうではなくて,なかなか仕事が続かずに2,3カ月で辞めるとか,本人の資質的な問題があります。単に職がないというだけじゃなくて,たとえば社会性がないとか,コミュニケーション能力がないとか,対人関係が非常に不得意であるとかですね。そういう問題の方が大きいのではないかなという感じがします。

岡邊

そのあたりを支えていくといいますか,仕事に就かせるだけではなくて,広く支えていくような仕組みが,やはり日本はまだまだ弱いように思います。どういうやり方がありうるのかは,なかなか難しいと思うのですが,先生はお考えとしてはどのような印象をもたれていますか。

山田

寄り添い型というか,フォローアップというか,そういったところにやはり力を注ぐべきだと思いますね。

岡邊

そういう支援がなかなかないというのが現状でしょうかね。なるほど。

山田

無職者と有職者の再犯率が3倍も4倍も違うというようなことが分かって,就労支援の政策が始まったと思いますが,無職であるというのは,職に就けないような精神状況,身体状況が背景にあるという問題もあります。働きたいけれども職業がないという問題ではなくて,働く場所はあるけれども働けないというような人たちが一定数いるということです。

岡邊

そういうサポートはまだまだ足らないですよね。

山田

たとえば知的障害者とか身体障害者は,授産施設とかA型,B型などの福祉の作業所やパン工場のような働き場が設定されています。賃金は多少安くても,そういった人たちにふさわしい職場環境を整える。それと似たような発想が必要ではないかなと思います。

岡邊

活躍できる場がもっと必要だということですね。なるほど。

保護司の役割

岡邊

本の内容に関連して話を伺いたいと思いますが,第5章は加藤倫子さんが保護司のインタビュー調査などをもとに書いた章です。山田先生も長い間,保護観察官をされて現在は保護司をされているということですが,第5章をご覧になって,感想をぜひお伺いしたいです。

山田

この章の冒頭で,施設内処遇と社会内処遇というのがあるということが書かれています。これは非常にいいと思います。以前は施設内処遇に対して施設外処遇という言い方をしていました。処遇の場が刑務所の中か外かという物理的な観点が一般的だったんですよ。法務省の中においても,それは違うと,処遇の場で見るのではなくて,機能として見る必要があると。社会内処遇は,たんに場が塀の外だというだけじゃなくて,また保護観察官,保護司という処遇者だけに限定するのではなくて,それ以外の社会的な資源を総動員して,社会全体で保護観察対象者を包んでいくのだという理念,思想があるわけです。

岡邊

社会内処遇にはそのような意味合いもあるということですね。

山田

保護司や保護観察官以外に,協力雇用主などの雇ってくれる人がいる,あるいはアパートを貸してくれる人がいる。社会の中にそういった人たちがいるから,社会内で生活できるのだと。処遇を保護観察官や保護司という枠で考えるのではなくて,それ以外の周りいる人たちがいて,包摂(ソーシャルインクルージョン)という観点から,社会内処遇を長期的に見ていくのが正しいという意味を含んだ言葉なわけです。

岡邊

そういう意味では,以前の施設外処遇という言葉に比べると,あるべき姿をきちんと表しているいうことですね。保護司は日本の特徴と言われてきていまして,第5章は保護司の実践について,インタビュー調査などに基づいて書かれています。先生がお読みになられて,実感を伴ってなるほどと読んだのか,あるいはちょっとここは少し違うと思われたのか,何か感想はありますでしょうか。私は個人的に,「もしかしたら再犯が起きてしまうかもしれないけれど,いまはこういうのがいいのではないか」ということを保護司の方が言っているというのが非常に印象に残りました。実際に,保護司の方が長期的な目線で見るというのは一般的なんでしょうか。

山田

保護観察所は保護観察期間が終われば,街中で会っても挨拶もしなくてもいい,しないでくださいという方針なのですが,保護司からすると違うんですよね。ずっと長くおつき合いをするという感じで,保護観察対象の少年が6年経ってから結婚したと挨拶に来たとか,子どもが生まれたとか,孫を連れてきたとか,それを喜びとしているわけです。だから,国で決められた保護観察期間が終了したらまったくの赤の他人になるという関係ではないんです。地域社会で生きているわけだから。そこは保護司制度のいいところで,それを生かすべきなんだろうと思います。

岡邊

なるほど。保護司については以前から担い手不足と言われていますし,全体的には高齢化が進んでいます。保護司をめぐる現状をどういうふうに見ておられますか。

山田

私は,保護司に求める像はミニ保護観察官とか,保護観察官の下働きや手下ではないと思います。保護司としての独自の位置があり,役割があるというスタンスでいないと,保護観察官の言われた通りに動いていたのでは,本当の意味での処遇ができないと思います。たとえば保護観察所では,対象者がお金がなくなったときにお金を貸してはいけません,あげてはいけませんと,型通りに指導します。ところが実際に,少年がお金がない,家出をして困っている,あるいは今日食べるものがないと,保護司に連絡をしてきたときにどうするか。そうしたら,2000円や3000円のお金をあげるでしょう。それを保護観察所に報告するかどうかは別としてね。それが民間人である保護司なんですよ。対象者に金貸すなというのは,建前としてはそうなんだよね。でも実際には貸してしまう。そいいうところが保護司の本質じゃないですかね。ミニ保護観察官になる必要はないんじゃないかと思っています。

岡邊

長い目で見たときに,ずっと保護司と保護観察官とで協働するっていうことが言われてきていますけども,なんとなく保護司が保護観察官の手下というか,まさにミニ保護観察官として働くような動きが強まりつつあるという意見もあります。そのあたりはどのように見ていらっしゃいますか。

山田

だんだんとそういうふうになりつつありますね。昔よく言われたこととして,「保護観察官は医者であり,保護司は看護師である」と,そういう役割分担として見る向きもありました。でも,実際に処遇をしているのは,ほとんど8,9割が保護司なんですよ。実態は保護司が医者であって,保護観察官は病院の受付事務をやっているんだと。「はい終わりました」とか「はい保護観察を解除しますよ」とか。こんなことをあんまり公にしたら問題かもしれないけれども,そうなりつつあるんじゃないかな。処遇は自分でやらない限り,見えてこないものです。机の上だけではね。もう一つは,保護観察は権力関係にありますが,権力を背景として保護観察をやるか,それなしでやるかということもあります。たとえば「保護司は身に寸鉄を帯びない」という言い方を昔の保護司さんが言っていました。寸鉄というのは権力ですね。十手とか拳銃と刀とかのことです。それは役人が持っているものであって,保護司は民間人なんだから,そういう権力的なものを持たないところに,その意味があるのだと。たしかに遵守事項を守らなければ,仮釈放の取り消しとかがありますが,それは保護観察官がやるとしてね。保護司はあくまでも人間関係で,隣人として見ていく。その姿勢が重要なんじゃないかな。そうしないと相手も心を開きませんしね。「お前,悪いことやったら刑務所に戻すぞ」とか,「何か悪いことやってないか,真面目にやっているか」と面接のたびに言っていたのでは,対象者は保護司のところへ行かなくなりますよ。保護司が「大物」であってほしいっていうのが,私の願いではありますね。

保護観察における専門性

岡邊

保護司がボランティアでされているというのが,日本に特徴的な制度と言われていますし,世界的にも注目されてるところでもあると思いますけれども,一つにはまさにこうした隣人として地域のいち素人としてつき合うことのよさがあると言われてきました。一方で,保護観察の制度の中で,専門的な処遇として,たとえば薬物からの離脱やさまざまな特徴に応じた指導や処遇をすべきではないかという議論もだんだんと出てきていると思います。素人ではなかなかできない部分について保護観察官がやるのか,といったようなことが話題になっています。山田先生は,保護観察における専門性をどのように捉えていらっしゃいますか。

山田

保護観察における専門性というのは,麻薬のような言葉だと思います。たしかに専門性志向が徐々に高まってきています。具体的にいえば,保護観察官になる人が大学時代にどういう勉強をしていたかというのを見ると,社会学,心理学,教育学,法学といろいろな分野から,保護観察官になっていましたが,最近は心理学系統の人が多くなっています。認知行動療法とかプログラム処遇だとか,覚せい剤とか性犯罪処遇とか,それはそれでそれなりの需要があるからいいのだろうけれども。私は自分が社会学を大学時代に少し学んだという自負心もあるのですが,社会的なアプローチをけっして忘れてはいけないと思います。心理学的なアプローチも必要ですが,犯罪や非行は心理学的なアプローチのみによって,うまくいくものではないと。
こんなことを公に言っていいのかどうかわかりませんが。たとえばある保護観察所で性犯罪者を集めてプログラム処遇をやったところ,保護観察所から家に帰るときに,性犯罪をした対象者がいたそうです。もちろん,全員が全員そうなるわけではないですが,すべての人を認知行動療法によって更生させるとか,犯罪を抑止できると考えるのは少し行き過ぎであって,再犯率が30%だったものが,認知行動療法をやったら25%程度になるとか,せいぜい5ポイント程度下がるぐらいのものであって,それが絶対的なものではないと思います。
処遇の専門家を目指すのも一つの方向だとは思うけれども,人がよくなる,立ち直るというのは,人と人との人間関係の中で,気づきがあるかどうかですね。自分が愛された体験をもつかどうかというようなことであって,やはり人と人との関係なんですよ。私は,処遇のプログラム化とか処遇の専門家という用語に対しては,「大賛成で,それをどんどん進めれば日本の保護観察処分がよくなる」というふうにはけっして思っていません。

岡邊

いまどちらかといえば,プログラムをやっていこうという動きが強まってきていますけれども,それは万能ではないということですよね。この本はまさに私を含めて社会学をベースとした研究者が社会学の視点から犯罪・非行に取り組んでみようということで立ち上がった企画だったのですが,先生がおっしゃるように,どちらかといえば心理学が主流になってきているなかで,社会学の立場から社会学のアプローチで,この問題に取り組むことにもやはり意味があると思っています。

山田

非常にその意味はあると思います。犯罪は社会から生まれるわけであって,そこにアプローチしないと。犯罪原因論もいろいろとあって,貧困の問題とか,虐待の問題とか,いろいろな要因が語られていると思いますけれども,「優良な社会政策は優良な刑事政策である」という言葉があります。ヨーロッパのフランツ・リストという人の言葉です。失業率を下げるとか,社会保障を手厚くするとか,貧困に対する手当をするとか,社会政策が犯罪や非行を非常に抑制するというのは当たり前のことであって,刑事政策のみをもって刑事政策を完結することはできないと思います。このような視点をもてるのは社会学者しかいないと思います。

岡邊

そうですね,そう思いたいですよね。それでいま思い出しましたけど,山田先生は私にとっては大先輩でして,東京大学教育学部の教育社会学の大先輩でいらっしゃいます。そういうご縁もあって,私は本当に非常に近しいものを勝手に感じているのですけれども。先生は大学を出てすぐに法務省に入られたと思うのですが,当時は矯正や保護に関して社会学の方もけっこういらっしゃったんですか。

山田

いや,私が出たときの教育社会学っていうのは,卒業生が7,8名ぐらいしかいなくてね,ほとんど大学の先生になりました。大学院に行く方が多かったです。東京大学の金子元久先生とか,慶應義塾大学の渡辺秀樹先生とか。いろいろな同級生がいましたけれど,ほとんど大学院から大学の先生になられていて,現場に行く人はあまりいなかったかな。

岡邊

なるほど。いまもおそらく教育社会学から更生保護の実務家になった方はそれほど多くはないと思います。そういう意味ではやはり社会学を学んだ学生が,更生保護の領域に関わっていくことは大事かもしれませんね。

山田

犯罪や非行は,社会学的に見ても一つの大きなテーマだと思うんですよ。教育が何を目指すかを考えたら,その教育の「失敗」が落ちこぼれや犯罪なわけだから。学校教育とか大学経営のあり方に関心をもつのもいいですが,教育社会学という学問を学んだ人は,犯罪とか非行にもっと関心をもつべきだと思います。そういう意味で,岡邊先生が非常に関心をもって研究されているのは,大変尊敬に値します。

薬物処遇の難しさ

岡邊

恐縮です。ちょっと話を戻しますが,更生保護施設のインタビュー調査が第6章で書かれていて,これがまさに先ほどの専門性に関わるところです。相良翔さんが書いた第6章は,薬物処遇を重点的に実施している更生保護施設での職員へのインタビュー調査になっています。都島梨紗さんと志田未来さんが執筆した第7章は一方で,ある更生保護施設に入所した女子少年へのインタビュー調査です。インタビュー調査を長年継続してやっていまして,家族との関係性に着目した章になっています。どちらも更生保護施設の中で働いてる職員や,中で暮らしている未成年の方に着目した研究の紹介ですが,先生はどのようにお読みになられましたでしょうか。

山田

覚せい剤というのは,再犯率が一番高い犯罪ですね。だから,他の犯罪は一切やらないで,覚せい剤だけを繰り返す人がけっこういます。それだけ依存性が高いといえるのだと思います。この施設での近年のケースですが,薬物に関して2人うまくいかなかったんです。そのうちの1人がなぜ覚せい剤を使ったかというと,自殺したい,死にたいと。死ぬために覚せい剤を大量に使った。何か様子がおかしいなと医者に連れていったら,そこで覚せい剤の反応が出てしまった。結局,捕まってしまいました。死にたいということで覚せい剤を使う事例ははじめてでした。もう1人は外国から来た難民で日本に来て,覚せい剤で捕まって刑務所からこちらに来ました。仮放免と仮釈放という2つの身分でこちらの施設に来たわけです。その男性が,自分の携帯電話は誰かに操作されてるとか見張られているとか,被害妄想の症状が出てきました。それで,2週間に1回は保護観察所に出頭して尿検査をやるのですけど,普通覚せい剤をやっている人は尿検査でわかっちゃうから,保護観察所には行かないし,逃げてしまうのですが,彼の場合はどういうわけか,保護観察所に行って尿検査で引っかかってしまい,また刑務所に戻ってしまった。不思議だなと思うのですが,自分が覚せい剤をやっているのにどうして保護観察所に出頭したのかなと。

私も,依存性をどうやって除去したらいいのかというところが,よくわからないんですよ。保護観察所が行っているプログラム処遇だけでなく,もう少し違うアプローチがないのかなと。ダルクは,同じ体験者が語り合う集団ですけれども,たとえばダルクみたいな自助グループの方が効果があるのか,あるいは尿検査とかプログラム処遇の方がいいのか,わからないんだよね。

岡邊

ちょっと不勉強で申し訳ないですけど,先ほど保護観察所で尿検査するというのは刑務所から出た段階で,保護観察の特別遵守事項になっているわけですか。

山田

特別遵守事項で尿検査がつけられるんです。

岡邊

薬物犯罪で刑務所に入った人にはほとんどつくわけですね。

山田

そうそう,ほとんどつきますね。

岡邊

なかなか薬物は処遇や扱いが難しいというのが,先生の実感なんですね。一方でダルクについても,第8章で相良さんと伊藤秀樹さんが観察研究を紹介していまして,ダルクもやはりダルクなりに難しいところがあるという話ですね。

山田

スリップというか,落ちこぼれる人がダルクでも保護観察中の人でもいます。そのときにどういうふうに対処すべきかは,単純に覚せい剤の再使用だから仮釈放を取り消して刑務所に戻すのがいいのか,それとも使用するまでの期間が伸びていくというようなことを目標にして,多少のスリップには片目をつぶるというような方がいいとか,そのあたりがよくわからないですね。

岡邊

日本の実状としては,薬物については犯罪として取り扱って,比較的厳罰として処するということがいまだ続いていますけれども,世界的な状況を見ますと,必ずしもそうでなくなってきています。

山田

松本俊彦さんという精神科医がいますが,あの人は非常にはっきりした主張をしていて,「ダメ絶対」という厳罰化では,薬物犯罪はなくならないと言っていますね。依存症なんだからね,治療的なアプローチが必要だろうと思います。しかし更生保護施設でどの程度治療的なアプローチや処遇できるかといったら,ほとんどの更生保護施設ではできないと思います。更生保護施設で尿検査をやっているところもありますが,せいぜいそのぐらいしかないね。それ以外の処遇の方法もあるのではないかと思いますけれど。

岡邊

第6章で扱われている施設はまさに薬物処遇重点施設ですから,おそらく更生保護施設でダルクのようなやり方を参考にして処遇をしているということだと思いますけれども,必ずしも日本全国では広がりを見せていないですよね。この記述によると薬物処遇重点施設は全国に25カ所ある。

山田

職員を配置して,福祉職と同じように月約50万円の人件費を出して専門職員が就いている施設がそれだけしかない。

岡邊

私としては,せっかくやっているからにはどういう良さ悪さがあるかをきちんと検証すべきだと思いますが,なかなかそのあたりははっきりと出てこないのが現状だと思います。

後編に続く

文献・注

(1) 岡邊健編(2021)『犯罪・非行からの離脱(デジスタンス)』ちとせプレス

9784908736230

岡邊健 編
ちとせプレス(2021/12/31)

犯罪や非行をしなくなること,しなくなっていくプロセス――犯罪・非行からの離脱――が近年注目されている。離脱を多面的に深く理解するために,気鋭の社会学者たちが集結。離脱に関する言説の分析,インタビュー調査を用いた実態の分析,離脱や犯罪・非行に関する理論的な検討を平易に紹介する。