幼児教育のエビデンスと政策(2)

幼児教育の質とその後の育ちへの影響

その保育者の専門性が発揮されるように教室の環境が整えられていなければなりません。また、保育者を支える研修システムがあり、個人としても専門家集団としてもその能力を向上させているとき、よい幼児教育がなされているといえます。

これらの提言の背景には、アメリカでは日本以上に幼児教育に関わる指導者の学歴や資格に大きな差があることがあります。州の予算で運営される就学前学校(preschool)や、国・州の予算で運営されるヘッド・スタートでは、少なくとも各教室の教師の1人は学士号をもっていなければならないと決まっており、年15時間以上の現職研修が義務づけられています。一方で、民間運営(非営利法人を含む)の施設ではレベルに差があり、準学士(短大に近い)や一定の研修を受けただけの保育者の割合がまだ多いのが課題となっています(2)

そこでアメリカでは、設置基準を満たしているかチェックする認可制度に加えて、どのような保育が行われているかを評価する質評定システム(QRS)や質評定改善システム(QRIS)を採用する州が多いのです(3)。何段階かに分けて評価するいわゆるスター・システムといわれるもので、星の数が多いほど質が高いとされます。その評価基準は、保育者の資格・研修の充実度、観察による実践評定などで、それにより補助金を算定する仕組みです。保護者が星の数を施設選択の目安に使うという面もあります。

質評定システムで代表的なものは、全米乳幼児教育学会(NAEYC)による評価・認定制度です。今年で30年目のこのシステムは、全米の30州の質評定システムに取り入れられるようになり、2015年10月31日現在7093施設が認定されています(4)。この制度では、一度認定されても定期的に再評価を受ける必要があります。この数はけっして多くはありませんが、全米乳幼児教育学会(NAEYC)は、認定の過程自体がより質のよい教育を目指す研修の役を果たすと説明しています。

イギリスの場合

第1回でも紹介した3000人以上の子どもたちを対象にしたイギリスの縦断研究(5)では、家庭教育・就学前教育のあり方と子どもの言語的能力、数的・認知的能力、社会情動的能力等の発達を縦断的に調査しています。就学前施設に調査者が訪問して保育を評価し、次のような比較条件を得ました。

  1. 保育の質の違いによって3グループに分けた。
  2. 通園期間1~2年と2~3年で分けた。

このとき、家庭環境の調査結果も分析に加え、統制したうえで上記の比較をしています。

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通園期間のみで比較すると、長期間保育を受けた子どもたちの方が言語的能力(リテラシー)得点が高かったそうです。そこに保育の質の条件を加えて詳しく見ていくと、質が低いプレスクールに2~3年通った子どもと、質が高いプレスクールに1~2年通った子どもとでは、通園期間の効果は同程度でした。もちろん幼児教育ですべてが決まるわけではなく、その後の小学校教育の質も影響しています。ただ、その影響を統制して分析したうえでも、幼児教育の影響は長期に残っていました。

また、通園「時間」で比較すると、毎日短時間(半日程度)のプログラムと、長時間のプログラムでは、効果に差がありませんでした。ただ、自己調整や向社会的行動に特に特別な支援を必要とする子どもたちの場合は、発達の早期に長時間集団で過ごすプログラムは逆効果になることもあったので注意が必要です。長い時間過ごせばよいというわけではなく、子どもたちがどのような時間を過ごしているか、保育内容の質の高さが重要なのです。

質の高い施設では、

  1. 保育者が子どもの活動を支援する持続的な関わりがあること
  2. 有資格の教師がいること

が見出されました。

有資格の教師がいる施設では、資格なしの補助教員も有資格者の教師の影響を受けてよい関わりをする傾向がありました。

K. Sylvaたちのグループの一連の報告の1つ、I. Saraj-BlachfordとSylva(6)によれば、質の良い園では子ども主導の活動が多く、子どもの発言を教師がつなぎ発展させるやりとりが多かったそうです。良い園よりも最優秀のグループに入っていた園の方が、子ども主導の活動が多く見られました(図は注(7)を参照)。

子どもが何か新しいことに挑戦しているときのやりとりを比較すると、最優秀園グループでは良い園グループよりも、子どもだけで活動が展開する割合が少なく、子どもが中心に活動が展開しているときも必要に応じて教師が子ども同士の議論をつなぎさらに発展させるような働きかけをする割合が高いことがわかりました(図は注(8)を参照)。

親や家庭の影響と幼児教育の質の関係をどう考えたらよいのか

親や家庭の影響と保育の質の関係をどう考えたらよいのでしょうか。

この分野の代表的研究者のM. E. LambとL. Ahnert(9)は、多数の欧米の研究を概観しています。彼らは子どもが保育施設に行くようになってからでも、親の子どもに対する感受性(sensitivity;子どもの行動や気持ちを読み取る感覚)は重要で無視できないとしています。

母親の就労と通園の開始は、親の行動も変化させます。親や子ども集団に関わる保育者の質の高さは、決定的な影響があり、支持的(supportive)で安定的(secure)な関係をもつことができる保育者は子どものウェルビーング(幸福・健康)の促進に重要や役割を果たします(10)

親子がどのような保育施設に通いどのような保育者と出会うかが、親の子どもへの関わりにも影響を与えます。長期的に見ても、乳児期の質の高い介入は子どもの認知的能力へのプラスの効果をもたらします。ただし、その効果は時間と共に弱まるので、継続的な質の高い保育、その後の小学校教育が必要です。家庭環境に恵まれた子どもは、質の高い保育からより恩恵を受けることができますが、一方で、質の低い保育を受けると、かえって悪影響を受けることがあります。家庭の要因は重要だけれども、幼児教育、小学校教育の質が高いことも同じように大切と考えるべきでしょう。


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