テスト理論から見た大学入試改革論(1)

1990年度入試から始まった大学入試センター試験が,2021年度入試からは「大学入学共通テスト」に変わります。報道されているように,国語と数学に数問程度,記述式問題が導入され,英語は民間の試験が導入されるようです。この案に至るまで,複数回受験とか,段階評価など,いろいろな話が出ては消え,と紆余曲折がありました。こうした最近の大学入試改革論は,テスト理論の観点からはどう評価されるのか,テスト理論を含む心理統計学が専門で,文部科学省の「高大接続システム改革会議」の委員も務められた東京大学の南風原朝和教授に寄稿していただきました。

Author_haebaratomokazu南風原朝和(はえばら・ともかず):東京大学高大接続研究開発センター長/大学院教育学研究科教授。主著に『心理統計学の基礎――統合的理解のために』(有斐閣,2002年),『続・心理統計学の基礎――統合的理解を広げ深める』(有斐閣,2014年),『量的研究法』(臨床心理学をまなぶ7,東京大学出版会,2011年)など。

高大接続システム改革会議とその前と後

私が委員として参加した文部科学省の高大接続システム改革会議は,2015年3月から翌2016年の3月まで14回開催され,2016年3月31日に最終報告が出されました(1)

この委員会は,2014年12月に出された中央教育審議会の答申(2)をふまえて設置されたものです。そして,その中央教育審議会の答申は,2013年10月の教育再生実行会議の提言(3)を受けて出されたものです。

さらに,高大接続システム改革会議の後は,文部科学省のもとで小規模の検討・準備グループをつくって具体的な検討が続けられ,2017年7月13日に,これまでの大学入試センター試験に代わる「大学入学共通テスト」の実施方針が公表されました(4)。全体として,検討にそれなりに時間はかかっています。

その過程で,教育再生実行会議で示された,テストの結果をいわゆる「1点刻み」ではなく「段階評価」とし,「一発勝負」ではなく「複数回受験」を可能とするという方針は,中央教育審議会を経て,高大接続システム改革会議でトーンダウンして実質上,消滅しました。一方,記述式問題の導入については,教育再生実行会議では何もなく,中央教育審議会の途中から浮上して,高大接続システム改革会議でかなり議論された後も保持されました。

そして,現時点で最も大きな注目を集めている英語の民間試験の活用は,高大接続システム改革会議の最終報告では「民間の資格・検定試験の知見の積極的な活用の在り方なども含め検討する必要がある」(5)という程度の記述だったものが,その後の実施方針では大きく踏み出し,民間試験に全面移行する勢いとなっています。これには私も正直,驚いています。

このように議論の内容は大きく変容してきたのにもかかわらず,中央教育審議会で打ち出された「新しい共通テストは2021年度入試から」というタイムスケジュールだけは変わることがありませんでした。そのことを含め,いろいろと不思議に思うことや,納得のできないことなどもあり,その都度,専門の立場から発言・発信をしてきました(6)。現時点でも不透明な部分や,とても無理だと思うことなど多々ありますが,議論の中で,国の方針がどんなふうに決まってしまうのか等,いろいろと学ぶことはありました。

本稿の内容

本稿では,一連の大学入試改革論の中で出てきたキーワード,すなわち「記述式問題」「段階評価」「複数回受験」「英語民間試験」「障害のある受験者への配慮」について,それらをテスト理論の用語・概念と結びつける形で紹介・解説し,テスト理論の観点から評価することを試みたいと思います。なお,テスト理論というのは,テストによる能力推定やテストの質の評価のために用いられる,テスト得点に関する統計的理論のことです。本稿が,大学入試改革論とテスト理論の両方の理解を深めるのに役立てば幸いです。


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