知覚的リアリティの科学(3)

リアリティを超えていく

私たちは,世の中をありありとリアルに感じて日々を過ごしていますが,そのリアリティはどのように認識されているのでしょうか。豊橋技術科学大学の北崎充晃准教授がリアリティに迫る連載の第3回では,VRによるリアリティを超えた創出技術を紹介します。(編集部)

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Author_KitazakiMichiteru北崎充晃(きたざき・みちてる):豊橋技術科学大学情報・知能工学系准教授。主要著作・論文に,『ロボットを通して探る子どもの心――ディベロップメンタル・サイバネティクスの挑戦』(ミネルヴァ書房,2013年,共編),Measuring empathy for human and robot hand pain using electroencephalographyScientific Reports, 5, 15924,2015年,共著)など。

初回はリアリティについての素朴な疑問やその理論的考察を行い,前回はリアリティを創り出し操作するバーチャルリアリティ(Virtual Reality, VR)技術を紹介しました。今回は,リアリティについてもう少し考えてみたいと思います。そして,最近VRではやっているリアルではないリアリティの創出技術について紹介しようと思います。それらは知覚心理学とVRが手を取り合って発展している研究テーマです。

奥行きのリアリティ

下の図はオートステレオグラムと呼ばれるものです。裸眼で平行法(両眼を遠くを見るときのように視線を平行気味にして,ピントを画像に合わせる)あるいは交差法(寄り目にして,ピントを画像に合わせる)にすると奥行きのある形状が知覚されます。私たちは右目と左目とで少しだけ異なった映像を見ており,そのことにより奥行きのある知覚を得ています。これは右目用・左目用とで異なる画像を1枚の画像の中に繰り返すように埋め込んだものです。平行法だと中央にでっぱりが,交差法だと中央にへこみが見えると思います。

Fig3_1

オートステレオグラム――凸あるいは凹

この種の画像が20年くらい前にはやりました。薄くて大きな本が何冊も売られ,ベストセラーになりました。人気が出た理由は2つだと思います。1つは平面なのに奥行きが見えること。もう1つは平面だと見えない形が見えることです。後者はまさにユレシュ(Béla Julesz)がランダムドットステレオグラムを用いて発見した形の検出に先立つ両眼対応問題の解決に関することです。両眼対応問題とは,左右の目の画像のどれとどれが対応しているのかという問題です。これが解けないと左右画像の差が抽出できず奥行きを導くことができません。ランダムドットステレオグラムでは左右のそれぞれの画像には形が見えず,白黒の点が並んでいるだけなので簡単には対応がとれないのに,奥行きが見えるのです(詳細は,教科書(1)や専門書(2)をご覧ください)。

平面なのに奥行きが見えることも不思議ですが,人によっては,「奥行きが見えること」自体を不思議と感じたようです。ある著名な科学者が本の前書きで,「人間の脳にこのような機能があることが不思議だ」と書いており,対応問題の解決のことととらえられなくもありませんが,両眼で見ることで立体視が生じることそのものを不思議と言っていると誤解されかねない表現もありました。

一般的には「飛び出して見える」本やテレビや映画はびっくりするものです。一方で,日常生活で見る景色はすべて飛び出している,まさに3Dですが,これに対して「飛び出しているなぁ」とか「まさにリアルな3D」と思うことはありません。本当にリアルなことには案外リアリティを感じません。平面なのに飛び出している,とか形が見えないのに形が現れるというギャップ(あるいはコントラスト,対比)に知覚的リアリティの本質があるのかもしれません。完全にリアルな世界を創り出してしまったら,映画MATRIXの世界のように誰も気づかなくなり驚きもなくなってしまいます。

オートステレオグラムをあと2つ掲載します。最初のものは奥行きが縦方向に変化しており,次のものは奥行きが横方向に変化しています。2つ目の,奥行き変化が横方向のものの方が知覚しにくい傾向にあります。ということは現実世界での奥行き(奥行きのリアリティ)も縦方向の変化の方が横方向の変化よりも効果が強いといえるのでしょうか。

Fig3_2

オートステレオグラム――横の波

Fig3_3

オートステレオグラム――縦の波

感じるリアリティと感じられないリアリティ

日常の奥行き知覚に気づかないように,普段の現実はあまりに自然すぎてリアリティを感じることはありません。一方,ちょっと違うリアリティ,ないはずのところにある何かに強いリアリティを感じます。知覚心理学では,主観的輪郭という現象があります。下図はカニッツァの三角形とも呼ばれる有名な主観的輪郭図形です。この中央にないはずの三角形が見えます。ないはずの輪郭が見え,三角形の領域は手前に,やや明るく知覚されます。この三角形の存在もずいぶんリアルに感じます。

Fig3_4

主観的輪郭――カニッツァの三角形

ここでも,感じるリアリティは実際にはそこにはないはずの事象だといえます。日常で触れている本当の現実についてリアルだと気づくことはあまりないのに。実際,毎日毎時リアルであることに気づいていたら疲れてしまうし,注意を向けるべき特別な事象を検出するのが難しくなってしまいます。つまり,私たちのデフォルト,標準としての現実はあまり意識には上りません。意識に上る,注意されるリアリティは,そこから少し外れた何かなのです。

バーチャルリアリティの研究は,究極のインタフェースを目指して始まりました。普段の人の身体や行為がそのまま機械や外界,サイバースペースとのインタクションにつながり,装置や操作・方法について何も意識することなく,まさに気づかないリアリティを実現するインタフェースを目指したのです。その一方で,自然なリアリティを超えて,ありえないびびっと感じるリアリティやあざといリアリティを追求するバーチャルリアリティが最新のトレンドとして登場しています。


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