子どものがまんを科学する――実行機能の発達(4)

実行機能を育み,鍛える

近年の研究によると,低所得の家庭においては,特に養育者による足場づくりがいくぶん不足しており,それが自己制御や実行機能の発達に影響を及ぼしている可能性が示されています。ただ,このような養育行動の影響は繰り返し示されていますが,ほぼすべての研究が欧米のデータです。このような養育行動の影響が日本でも見られるかは現在のところ明らかではありません。実際,私たちの現在の予備的研究では,欧米のデータとは必ずしも一致しない結果が示されています。これらを考慮すると,養育態度が実行機能の発達に影響を及ぼすことは間違いないものの,具体的な影響については文化の影響を受けるという可能性が示唆されます。文化によって実行機能の育み方が異なるのかもしれません。

実行機能を鍛える

上記のように,養育態度は子どもの実行機能や自己制御能力の発達に重要な影響を与えますが,実際には,適切な養育態度をとるように養育者を支援したとしても,その効果が得られるかどうかも現在わかっていません。そのため,現在,幼児期から児童期までの子どもを対象に,研究者や実践者が実行機能を支援するためのプログラムが提案されています。

当初検討されたのは,コンピュータゲームを用いたプログラムです。子どもにコンピュータの前に座ってもらい,実行機能が必要とされるようなゲームを与えます。例えば,最も有名なものは,作業記憶に関するものです(4)。あるプログラムでは,対象が視覚的に連続で提示され,その対象の提示順序や提示位置を覚えることを求められます。子どもの課題遂行状況によって,難易度が調整されるようになっています。このようなプログラムを受けると,作業記憶課題の成績が向上することが繰り返し示されています。ただし,このような訓練を受けると,訓練で用いられた課題と類似した作業記憶課題では課題の成績が向上するものの,少し課題の構造が変わると成績が向上しにくいこと,また,短期的には作業記憶課題の成績が向上しても,長期的にはあまり効果がないことなどが示されており,有効性には疑問がもたれています。

これ以外にも,実行機能を育むための保育園や幼稚園のプログラムも提案されています。例えば,ツール・オブ・マインドといわれるプログラムは,心理学者L. S. ヴィゴツキーの考えに基づいています(5)。このカリキュラムでは,ふり遊びや道具の使用などに関するヴィゴツキーの理論を用いて,子どもの自己制御能力を促進することを目的としています。

一例として道具の使用について紹介しましょう。同じくらいの年齢の子どもとのやりとりの際に,年少の幼児は相手の幼児がしゃべる際に,我慢ができず自分がしゃべってしまうことがあります。そのような場合に,このプログラムでは,幼児に耳の絵が描いたカードを渡します。耳の絵は,幼児が相手の話を聞く番であり,自分がしゃべる番ではないことを明示しています。子ども自身ではなかなか難しい行動も,このように外部から道具を与えることによって,可能になるのです。このプログラムを推進しているブリティッシュコロンビア大学のA. ダイアモンド博士らは,これらに焦点をあてたカリキュラムが,幼児の実行機能課題の成績を向上させることを示しています。ただし,この方法でも,別の研究者らが効果があるかどうかを追試したところ,ダイアモンド博士と同様の効果が得られなかったことも報告されています。


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