現象としての社交不安(3)

対人恐怖症は日本文化に固有の現象なのか?

DSM-IIIの到来と誤解

しかし、1980年に国際的な診断基準であるDSMの第3版(DSM-III)(4)が発行され、社会恐怖(social phobia)という診断基準ができました。初めて人前での恐怖が国際的な診断基準に載ったのです。日本で培われてきた対人恐怖症概念と外国で診断基準に挙がった社会恐怖のどこが同じでどこか異なるのかが話題になるだけでなく、日本の対人恐怖症の概念が海外に伝えられ、冒頭のように「タイジンキョウフショウ(Taijin-kyofusho)」と呼ばれるようになりました。

ただ、厄介だったのは、日本のこれまでの研究に由来する対人恐怖症的な症状の中でも、特に加害妄想をもつタイプ(offensive type)の対人恐怖症、つまり「不快にする」ことを「強く信じる」一群が日本や東アジアに特有のものであり、これこそがタイジンキョウフショウであるという論調へと発展してしまったことです。そして、ついにはある文化の下で生じやすい精神疾患である文化結合症候群(culture-bound syndrome)の1つとしてDSMにリストアップされてしまいました。

同じ日本人の感覚として、みなさんはこうした現象の底に流れている気持ちはよくわかる感じがするのではないでしょうか?また、文化結合症候群と見なされることについて、みなさんはどう思うでしょうか? 気づいた人もおられると思いますが、「日本の対人恐怖症」は加害妄想をもつタイプのタイジンキョウフショウだけではありません。つまり、人前で恥ずかしいことをしてしまったらどうしよう、と恐れているような人たちの姿も、どこかで目にしてきたのではないかと思うのです。

日本の対人恐怖症の症状は、他者が不快になることへの悩みである、つまり他者志向的であるのに対し、海外流の社交不安は自分が社会的場面で苦痛を感じることを悩む、つまりその逆で自己志向的であるという議論がなされてきました。これは一片の真理をついているように思います。ただし、海外にも他者に対する気遣いをもっている人は当然大勢いるはずで、そういう人たちには気遣いの裏側にある「人を不快にしてしまった」と信じる現象が現れても不思議ではないでしょう。タイジンキョウフショウが文化結合症候群に分類されることについて、私は違和感がずっとぬぐえませんでした。

文化結合的という考え方の裏側にあるもの

タイジンキョウフショウは文化結合的であると信じている人は、1990年代頃から現れた研究に驚いたことでしょう。例えばS. R. Clarvit et al.(5)はニューヨークで、R. J. McNally et al. (6)はシカゴでクリニックに来談した加害妄想をもつタイプのタイジンキョウフショウの症例を報告したのです。いずれも日本文化との接点がない症例でした。加えて、R. A. Kleinknecht et al.(7)は、タイジンキョウフショウ尺度を用いてアメリカのサンプルを調査し、同様の現象がアメリカにも存在することを明らかにしています。D. L. Dinnel et al.(8)に関しても同様です。これらの実証研究は、加害妄想をもつタイプのタイジンキョウフショウ的な現象は日本文化圏に限らないことをはっきりと表しています。

話は少し変わりますが、自己紹介にあるように私は自我漏洩感(egorrhea symptoms)に興味をもち、研究をしてきました。ごく単純にいうと、人に自分の内面的な情報が人に伝わったと感じ、それが苦痛をもたらすという現象です。

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私は大学院を修了後、カナダのモントリオールにあるマギル大学精神科の社会・文化精神医学講座(9)に客員研究員として赴任しました(10)。タイジンキョウフショウ研究(11)で著名なLaurence J. Kirmayer教授とディスカッションをする機会を求めたのです。

その日々の中でまた驚くようなことがありました。Kirmayer教授がある講義で私の自我漏洩感の尺度を紹介してくれたそうです。「日本にはこういう現象があるようだよ」と。すると、ある学生が「その症状は精神病的な症状だと思う」という意外な返答が返ってきたというのです。しかし、私が使っている尺度は日本の大学生の調査をもとに開発したものであり、一般の大学生が日常的に体験している現象だったのです。これは、私の尺度がSchneiderの一級症状(12)の内容と類似していたことも一因かもしれません。一級症状とは20世紀初頭のドイツの精神科医K. Schneiderが統合失調症の診断に重要としてリストアップした症状であり、この言説が以前は根強く影響を及ぼしていました。一級症状の中の、考えたことが筒抜けになって伝わってしまうと信じる考想伝播は、私の尺度に通底する「他者に伝わる」という点とよく類似しているのです。

ただ、ここで加害妄想をもつタイプのタイジンキョウフショウに対する海外からの誤解を考え合わせてみましょう。するとこの逸話は、自分と異なる文化に身をおいている人の中に、自分たちにはなじみが薄い(と信じる)現象があった場合、その人の目にどう映るのかを如実に表しているようにも見えます。相手が日本人であるとしても、その人を知るためには文化的背景に思いを寄せることが非常に大切です。しかし文化を重んじる反面、自分のもっている文化とはどこかしら異なるものを感じて「この人と自分とは違う」と判断する際、何か大切なものが見落とされてしまうことにもなりかねないことに気づかせてくれる体験でした。


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